君に心を奪われて
「本村さん!」
その声に私は反応して振り向いた。そこには、息を荒らした風間くんが居た。
風間くんは私を挟んで壁に付く。これは、壁ドンというものだろうか。私が戸惑っていると、風間くんは言った。
「さすがに死ぬなんて俺が許さないよ。先輩にも怒られるでしょ?」
言っていることはよく漫画で見掛けるようなチャラ男にも聞こえるが、風間くんは目の前で真剣な顔で言っていた。
「俺は本村さんをいじめから守ることしか出来ない。加藤先輩が君の全てから守って救ってくれるだろうから。俺も君を救いたいって前から思ってたよ」
私は気付いてしまった。風間くんの目が潤んで泳がせていたのを……。
「俺は本村さんが陰口を言われてた頃からずっと好きだったよ。君が俺に可愛い笑顔を見せてくれた時からずっと……。だから、今ここで君を奪ってしまいたい……」
あの時からずっと風間くんに好かれていたのだろうか。
目の前で風間くんが一筋の涙を溢した。
「湖に行く君を見た時、助けようと思った。だけど、なぜか先輩と仲良くなってた……」
風間くんが翼と出会ったあの場所に居たということ?私は戸惑って声も出せない。
「だけど、君は先輩の物だ。奪うことなんて難しい。俺が助けようとしたのは、大好きな君との接点が欲しかっただけだよ。ごめんね、変なこと聞かされて」
風間くんは私から離れて謝った。私は首を振って否定した。
「いや……ありがとう。助けてくれて。他にも自分を好んでくれる人がいることを知れて自分の存在を思い知れたよ。やっぱり、生きてるなって……」
誰かが私のことを大切に想ってくれる人がいて嬉しかった。自分は嫌われ者だと思っていたからそんな人の存在を知れるだけで嬉しいよ。
「花菜!」
私の大好きな人の声が廊下に響き渡った。
「ああ、もう終わりか……」
風間くんはため息を着いて、私からさらに離れた。翼は顔を歪ませながらこちらに歩いてくる。
「加藤先輩、ちゃんと本村さんを守ってあげてください。人が辛い思いをしているのを察してあげてくださいよ」
風間くんはそう言い残して、歩いて行ってしまった。
「花菜、なんかあった?」
翼はヤキモチを焼くことなく聞いてきた。私は涙を流していた。
「もうやだ……あんな痛いのはやだよ……」
茜先輩に何度も蹴られたあの日を思い出す。もうあんな怖い思いはしたくない。だけど、翼に言う勇気などない。黙っていたかった。
「花菜……」
「もう怖いよ……。だけど、風間くんが助けてくれたの……」
「さっきの男か?」
翼の問いに私は頷いた。
「恐怖を知った日も、痛みつけられたあの日も助けてくれた。翼に怒らせないように慎重にって……」
「そっか」
翼は私を抱き締めた。その温もりが心地好い。やっぱり私はまだ生きているんだ。
「本当は好きだって言われた。嬉しかったよ。自分の存在が誰かを幸せにさせているって知れて……」
「あのな、花菜。俺は花菜が居るから幸せになれるんだ。勝手に一人で解決しようとするな。まだ俺に言いたくないなら言わなくていい。花菜が正直に言ったら助けてやるから」
「うん……」
私が頷くと、翼は優しい笑顔を向けてくれた。やっぱり私は君が好きなんだ。翼が居る限り死んではいられないんだ。
「大好きだよ、花菜」
「うん、ありがとう……翼」
この時、私達は甘いキスを交わした。また思い知らされた。
私は君が好きだ。