君に心を奪われて
花菜と俺は担当医に呼ばれて面談室に来ていた。
目の前には眼鏡を掛けて、白衣を着たオジサンが居た。だが、その顔は窓からの逆光で見えにくい。
担当医は俺達の前に用紙を広げ、丁寧に話し出した。
「こちらは造血幹細胞移植という治療法です」
「造血幹細胞移植……」
あまりにも難しそうな名前に俺達は首を傾げた。担当医は説明を続ける。
「放射線で骨髄を破壊し、骨髄を移植します。いわゆる、骨髄移植ですね。これはドナーの献血が合えばの話です。合わなければ……」
その先は大体分かってしまうのが恐ろしい。俺はどんな治療をしても敵わないだろう。
「白血球が体内を喰い尽くし、最終的には死を迎える可能性があるかもしれません」
自分の体が他人の白血球によって蝕まれて死ぬと考えると怖くなっていく。
「最近の医療は進化しています。その時の対処は出来る限り手を尽くします」
そう言われても、俺は死ぬんだ。そういう運命だって父さんが言ってた。もう無理なんだ。
「それが無理でしたら、抗がん剤投与を続けるしかありませんね。寛解までずっと続きます」
怖い……怖いんだ。何をしても敵わないと言うのに、微かな期待も信じてしまう。俺はもう死ぬというのに。
「手術はするかしないかは自分自身とご家族でお考えください」
担当医との話が終わり、俺の病室へ戻っていた。俺はまた吐き気がしてトイレに行った。辛い……。
「翼、無理しなくていいんだよ……」
愛しい花菜の声が後ろから聞こえた。トイレの水を流して振り向いた。
「無理して治療なんか受けなくていい。最期まで普通に過ごせばいいの。死は決して敗北じゃない!」
「花菜……」
「諦めていいんだよ。普通に最期を過ごして死んだ方が幸せでしょ……?」
確かに花菜の言う通りかもしれない。最期は普通の毎日を過ごして幸せに死ぬのも構わない。出来れば、俺も楽な方を選びたい。
「もう死ぬ運命だと決まってるなら、尚更だよ……」
花菜は涙を流していた。俺は痩せた体で花菜を抱き締めた。
何で……俺は人間じゃないんだ。嫌だ……嫌だ……死ぬのは嫌だ。花菜の笑顔をずっと見ていたいんだ。
大好き君と子供も三人で笑っていたいのに……どうしてこんな運命になってしまったのだろうか。
「花菜……」
「私は、たとえ貴方が死のうが私はずっと貴方を愛してるから」
花菜、俺は死んでも君を愛してる。そう信じたい。
本当は大好きな君を一人にしたくないが、また会えると信じてるから。