転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
その態度が気に障ったのか更に詰め寄られる。そしてするりと首筋に手を添えられた。

「ひゃ……っ」

思っていたよりも冷たい手のひらと擽ったい感触に思わず悲鳴をあげる。それに満足そうに笑ってグイード殿下は囁いた。

「お前、俺の妻になれ」

宝石より濃い色をしたアガットの瞳がすぐ近くでこちらを覗き込んでいる。透き通っているというよりは底なし沼のようだ。見ていると彼の瞳の色に塗り潰されるような気さえするほどに。

それでも私はぐいっと強くその胸を押し返した。

「いや、あの……普通にお断りします」

「は?」

グイード殿下はさっぱり意味がわからないという様子で首を傾げた。

「だって別に殿下は私が好きなわけじゃないですよね?私にだってわかりますよそれくらい」

「それが何か問題でもあるのか?」

「いや、大問題というか……結婚って好きな人同士がするものでしょ?私達ってまだ出会ってから数時間しか経ってないですし」

そこまで言ってはたと気がつく。そういえば貴族とかって政略結婚をするんだったっけ。だから感覚が違うのかもしれない。

「お前は俺と結婚すればお前はいい思いができるんだぞ?」

「いい思い?」

「金には不自由しなくなる。好きなだけ服もアクセサリーも買えるし、好きな物も食べられる。自分の植物園も作れるし、専属の楽団だって雇えるぞ」

「別にどれも欲しくないです。生きて行ければそれで」

正直本当にそそられない。なぜか転生なんてしてしまったお陰で命を繋いでいるけれど死にかけたのには違いないし、贅沢がしたいという思いは恐ろしく湧かなかった。グイード殿下は額に手を当てる。

「……つまり、恋愛感情があればそれで満足なのか?」

「まあ、端的に言えばそうです」

「ああ……なるほど、そういうことか」

何がなるほどなのか、と尋ねようとした声は呑み込まれた。
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