転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
無駄に広い廊下を歩きながら私はふうっと息をついた。

これでパイの件も解決しそうだし一安心だ。あとはもうほんの少しだけ自由に出歩かせてくれると尚良いけれど、贅沢は言うまい。

それにしてもあの王子は────

「どうして私を喜ばせようなんてしたの?」

自分に問いかけるように口に出してみたものの答えは出てきそうにない。

だってあの人にとって、私はただ王になるための道具でしかないのだ。彼自身がそう言っていた。私が欲しいと、最悪子だけ産めばいいと。

王子の発言を段々と遡っていくうちに突然胸にすとんと落ちた。

ああ、そうか。私がいなくなったら困るから機嫌を取っているだけか。仲良くしようとしているだけか。過保護が過ぎるのも、私に何かがあったら自分が困るから。それならあの人の不可解な言動もちゃんと理解できる────

それなのに、そのはずなのに。
どうして、胸がこんなにもやもやするんだろう。

きっとこれはパイを食べすぎた胸焼けだ。そうに違いない。思考を掻き消すように大きく頭を振りながら角を曲がる。その瞬間金の髪が視界に飛び込んできた。

「っわあ!」

「きゃあ!」

避けきれずにどしんとぶつかる。私は踏ん張ったものの相手は尻餅をついたようだ。

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて……」

手を差し伸べてから、私は目を瞬いた。こちらを見上げたのはビスクドールのような少女だったのだ。
腰の辺りまで伸ばされた色素の薄い柔らかそうな金髪に藍玉のような碧の瞳。顔は私より二回りくらい小さいんじゃないかと思う。つやつやした桃色の唇も、アンニュイな雰囲気を醸し出す長い睫毛も、女子の欲しいと思うパーツが全て揃っている。

その少女はじっとこちらを見つめている。いたたまれなくなってもう一度「あの……」と言ったところでやっと手を取ってくれた。小さな柔らかい手。立ってみると服も仕立てがいいのがわかるし、もしかすると貴族のご令嬢かもしれない。

っていうか、まさか……

「あの、お姫様、ですか?」

恐る恐る問う。髪も瞳もエスメラルダ殿下と同じ系統の色だ。全然似ていないけれど、もしかするとあの人の娘という可能性もある。だとしたら一巻の終わりだ。
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