転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
「う……多分1回2回ぐらいは……」

あるはず、と言いながら記憶を遡る。名前を尋ねられて答えたことはあるけれど、呼んだことは……うーん、本当に無いかもしれない。

「で、殿下だってあんまり呼んだことないでしょう!いつもお前お前って言ってますよね?」

「ふん、お前が名前を呼ばれたがっていたのは初耳だな。そんなに言うならこれからは何度でも呼んでやろう」

マイカ、と耳元で囁かれて、ぞわぞわと背筋を何かが這い上がってくるような感覚に反射的に耳を押さえる。

私おかしい。なんで、名前を呼ばれるだけでこんなに……

顔を赤くした私を横目で見ると、すこぶる機嫌の良さそうな顔で鼻歌を歌い始めた。私は絶対に仕返ししてやる、とその整い過ぎた顔を穴が空くほど睨みつけた。

グイード殿下が不意に足を止めて立ち止まったので視線を辿ると、道端に幾つも並んだ屋台の一つを見詰めているようだった。

「どうしたんですか?」

「懐かしいな。的屋だ」

「的屋……」

射的のことだろう。こちらの世界にもあったのか。とはいえ私はあちらでもやった事は無い。

「母が好きでな、よくやっていた。やってみるか?」

「私、やった事ないんですけど」

「大丈夫だ、教えてやる」

そう言いながらグイード殿下は店主にこの世界のお金なのであろう銅色のコインを渡した。

台の上に置かれているのは射的の屋台でよく見る銃身の長い銃。その横に置かれている玉も摘んでみると軽くて、コルクかどうかはわからないものの同じような材質だろうと思った。

「玉もどれでもいい訳じゃない。この銃は空気圧を利用しているから、空気が漏れないように表面がでこぼこしていない物がいいんだ」

そう言って玉を吟味し始めるグイード殿下は少年のように目を輝かせながら唇で弧を描いていて、本当にウキウキしているようだ。

「ほら、構えてみろ」

言われるがままに銃を構える。と背後からはあああーっと態とらしいため息をつかれた。
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