転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
「お金なんていりません。勝手に治っちゃ……治しちゃったの私ですし。ユリーナにも言ったんですけど、本当に森から抜けさせてもらっただけで十分なので」

「そんな、それじゃあどうにも困るよ」

眉を下げるバレンさんにうーんと唸る。そして今晩の宿がなかったことに気がつく。

「ええと……じゃあ、今日泊めてくれませんか?あとできればこの国の事を教えてください」

図々しいかと思ったが、バレンさんはそんな事でいいのかと快諾した。そしておもむろに立ち上がって台所に消えたかと思うと、お盆に3人分のカップを乗せて戻ってきた。

「そういえば飲み物も出してなかった。どうぞ」

「わ、ありがとうございます」

「わーい!」

ミルクのような白い液体から甘い香りがする。ユリーナはろくに混ぜもせずに口をつけている。

「それにしてもシェバルコ王国のことが知りたいなんて。マイカはよっぽど遠くから来たのかい?」

ユリーナとバレンさんの口振り的に、知らないのがおかしいとでも言わんばかりだ。よほど名の知れた場所なのだろうか?それとも知る人しか来ないようなかなりの辺境にあるのだろうか?

ミルクを掻き混ぜたスプーンを中から取り出した。金属製だったので自分の顔が映る。

……ん?

ぴたっと動きを止める。そして恐る恐る、願うような口調で尋ねる。

「ええっと、私日本って所から来たんですけど、日本とかジャパンとか……ご存知ですよね?」

「ニホン?ジャパン?」

聞いたことないなあ、と特に考える風もなくあっさりバレンさんが呟いた。

……あーうん、駄目なやつだ、これ。

私はふっと急激に意識が遠ざかるのを感じた。

スプーンに映っていたのは────ヘーゼルの瞳にグリーンがかったスモーキーグレーの緩く巻いた髪を脇のあたりまで伸ばした、『私のような雰囲気の全く違う誰か』だったのだ。

日本を知らないのもおかしいし、冷静に考えればこんな国名も名前も横文字風の、日本とは全く違う国で普通に言葉が通じているのもおかしい。

つまり状況を鑑みるに、さっき考察したその1、2、3のどれでもなく。その4、異世界かどこかにトリップしてしまった……その一択でしかないようである。

拝啓、もうどうやっても届かないでしょうけど家族の皆様。死んだ舞花はどういうわけか五体満足でピンピンしておりますが、どうやら、日本でも、地球でもないどこか────異世界に転生か何かしてしまった挙句、よくわからない力まで手にいれてしまったようです。
< 8 / 100 >

この作品をシェア

pagetop