転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
今更何を気にしているのかと自分にため息をついて視線を逸らそうとした時、ゆら、と視界の上で何かが小さく揺れた。

「……?」

気のせいかと数度瞬きをしたが、ゆら、ゆら、と断続的に揺れている。何かと思い視線を上げると、そこにあるのは小さなシャンデリアだった。

微かな揺れだったが、無視できるものではない。じっと目を凝らすと、天井との設置面が軋んでいるような────

「っ、グイード!!」

話し込んでいたグイードの袖を強い力で引っ張る。人前なのに敬称をつけることすら忘れるほどに慌てていた。それに気づいたのだろう、相手に断りを入れてグイードはこちらに向いた。

「どうした、舞花」

「あのシャンデリアが……落ちる!」

「な……っ!?」

大きく目を見開いたグイードがぱっと顔を上げた。

広間からは距離があるために大惨事にはなりそうにない。落下地点にいるのは……上座に座ったままのエスメラルダ殿下のみ。

彼女はただじっと前を見つめている。揺らぐ影に気づく様子はない。

ぎっ。

ここまで軋む音が聞こえてきた。迷っている暇はない。私は息を吸った。

「エスメラルダ殿下っ!逃げてくださいっ!!」

会場中に響き渡る私の声に、ホールで歓談していた貴族達がこちらを振り返る。そして私の視線を辿り、悲鳴をあげた。王妃は一拍遅れて事態に気づいたようだった。

手をついて腰を浮かせる。遠くからでも碧の瞳が絶望に彩られたのがわかった。

その唇が蠢く。

次の瞬間、がしゃん……と。耳を塞ぎたくなるような非情な音を立ててシャンデリアが落下した。

硝子の破片と砕けた陶器が飛び散る。

悲鳴も起こらなかった。口を手で覆って言葉を失って立ちつくしている。もうもうと立ち込める埃が落ち着いても、誰も動くことができなかった。

賑やかだったパーティ会場が水を打ったように静まり返る。エスメラルダ殿下が無事ではないだろうと、誰もがわかっていたからだろう。暫く経っても、砕けたシャンデリアの残骸の下で何かが動く気配はない。

私は一度、ぎゅっと目を瞑った。

「……ごめんなさい」

呟いた私に、隣に立っていたグイードが弾かれたようにこちらを向く。
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