転生少女が落ちたのは、意地悪王子の腕の中~不器用な溺愛は何よりも甘いのです~
彼が何かを答える前に、私はひとり駆け出した。近づくにつれて足取りが重くなる。無惨な姿になっているエスメラルダ殿下を想像して震える足を叱咤する。

ドレスの裾が見えた。五体満足の身体である、そのことにひとまず安心して深く息をついた。直撃はしなかったようだ。

身体に積もっている硝子片を慎重によける。所々に傷があったが一番出血が酷いのは頭部のようだった。

生きているかもわからない。こんなに酷い怪我が治るかもわからない、けれど。今彼女を助けられるのは私だけだ。

私はエスメラルダ殿下の身体に手を翳した。

「痛いの痛いの飛んで行け……っ」

お願い、お願い……治って!

じわじわと、これまでにないくらいゆっくりと傷が塞がっていく。それを見て不安になる。

でも、野心家のあなたはそんなに簡単に命を投げ出したりしない……そうに決まってる。

気に食わない私が声をかければ煩わしくて嫌でも目を覚ましてしまうに違いないから。彼女をこちらにつなぎとめるために、私は再び口を開いた。

「さっきあなたが『へいか』って唇を動かしたの、私にはわかった!いいの?このまま目が覚めなくて!」

私の声の、その残響が、消える前に────

「…………はー……もう……煩いわね」

徐に開いた碧の瞳がこちらを見上げた。

「え、エスメラルダ殿下……よかった……」

思わず涙ぐむと、王妃はぎこちなく唇を歪めた。

「……本当、貴女って意味がわからないわ。どうして私を……助けたの。自分で言うのもおかしい話だけれど、助けても何もいいことなどないでしょう。むしろ死んでくれた方が良かったのではなくて?」

「まあ、そうかもしれないです」

あっさり頷いた私にエスメラルダ殿下は目を瞬く。

「でも……私に助ける力があるのに見殺しにするなんて無理ですし、そっちの方が難しかったってだけです。だから助けたっていうのはちょっと違うかな、って。
まあ、あとは……これに心を動かされてあわよくば改心してくれないかなって淡い期待もあったりしますけどね!」

私がにっこりと笑いながら本心を隠しもせず垂れ流すと、エスメラルダ殿下はぽかんと口を開けて見たこともない間抜けな顔をした。

堪えきれないように小さく肩を震わせる。ふ、と唇から笑い声が零れた。酷く困ったような、そんな表情をして私から顔を背ける。

「……はぁ、貴女って本当、変な娘ね……」
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