限定なひと
「……8時半か。ね、朝飯、どうします?」
「あ、あさめし、って、私の話は聞いてるの?」
 聞こえてますよ、と気の抜けたような声で返事をしつつ、彼が起きあがる。途端にしなやかで、それでいてストイックさすら感じる身体がシーツからむき出しになるから、私は思わず視線を落とす。これだけは、何をどうしても見慣れそうにない。
「もしかして、まだ恥ずかしいとか?」
 にやりと口元に意地の悪い笑みを浮かべてそう言うと、彼がじっと私を見つめる。ますます俯くしかない私を、彼の大きな掌が肩ごと攫った。
「だから、そういう事はっ」
 次の瞬間、彼への非難は私の口の中で、ただの不明瞭な唸り声に変わった。


 この度、例の製菓会社の担当が課長から彼に変わった。
 課長はこの世の終わりとばかりに喚いていたけど、お客様直々のご指名ではどうしようもない。一瞬、自業自得の文字が私の頭を掠めたけれど、胸の内にそっとしまった。
 それより何より驚いたのは、彼があの短時間のどさくさに、大口契約を一つ取っていた事。やっぱり、伊達にホープと呼ばれているわけでなかったのか、と妙に納得した。
 あの時食べた新商品の飴。あれこそがその戦利品だと知ったのは、昨日の朝。他のスーパーを差し置いて、このエリアではうちが一番先にあの商品を売り出せることになったらしい。
 部長や上層部はその事に浮足立ち、独身の女子社員は更に熱い視線を彼に向けていた。
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