限定なひと
「だから、酒の理由としてじゃなく、素直に俺の事、祝ってくれますよね」
掴まれた腕にぐいと力が入った。痛さは感じない。でも、存在感は痛いほど感じる。
「こ、こんなにされたら、断るにも断れないじゃないっ」
やった、と彼が満面の笑みで喜ぶその顔が、なんだか昔読んだ物語の挿絵の不思議な猫と被って、私も思わず連れられて笑ってしまった。
彼の強引ともいえるエスコートで向かったのは、こんな平凡な住宅街にどうしてまた!? と目を疑うほどこじゃれた洋風居酒屋、いわゆるスペイン・バル。彼に進められるまま、色とりどりのピンチョスを摘むと、つい杯を重ねてしまう。スペインワインにサングリア、シェリー酒と、まだこの辺まではよかったけど。
「実はここ、とっておきがあるんですよ」
思わせぶりにそう言うと、彼は『オルホ』と謎の言葉をホールスタッフに唱えた。スペインの蒸留酒だというそれは、すっきりした口当たりと、後からくる葡萄の仄かな香りがなかなかに後を引く。
「あ、これ。わたしすきかも」
この時点で私は単なる酔っ払いと化していた。するするとオルホは私の喉元を滑り落ちていく。それと同時に、私の記憶もするすると面白いように滑り落ちていった。
そうしてはたと気づいた時、彼の素肌の肩越しに見える見慣れない天井に、私はわたわたと慌てふためいた。
「俺以外の男の前で、あんな飲み方しないでくださいね」
笑いを含んだ声が私の耳朶にとろりとからむ。するわけないじゃないっ、と思わず声を荒げると、よかった、と優しい声音が私の鼓膜を震わせた。
掴まれた腕にぐいと力が入った。痛さは感じない。でも、存在感は痛いほど感じる。
「こ、こんなにされたら、断るにも断れないじゃないっ」
やった、と彼が満面の笑みで喜ぶその顔が、なんだか昔読んだ物語の挿絵の不思議な猫と被って、私も思わず連れられて笑ってしまった。
彼の強引ともいえるエスコートで向かったのは、こんな平凡な住宅街にどうしてまた!? と目を疑うほどこじゃれた洋風居酒屋、いわゆるスペイン・バル。彼に進められるまま、色とりどりのピンチョスを摘むと、つい杯を重ねてしまう。スペインワインにサングリア、シェリー酒と、まだこの辺まではよかったけど。
「実はここ、とっておきがあるんですよ」
思わせぶりにそう言うと、彼は『オルホ』と謎の言葉をホールスタッフに唱えた。スペインの蒸留酒だというそれは、すっきりした口当たりと、後からくる葡萄の仄かな香りがなかなかに後を引く。
「あ、これ。わたしすきかも」
この時点で私は単なる酔っ払いと化していた。するするとオルホは私の喉元を滑り落ちていく。それと同時に、私の記憶もするすると面白いように滑り落ちていった。
そうしてはたと気づいた時、彼の素肌の肩越しに見える見慣れない天井に、私はわたわたと慌てふためいた。
「俺以外の男の前で、あんな飲み方しないでくださいね」
笑いを含んだ声が私の耳朶にとろりとからむ。するわけないじゃないっ、と思わず声を荒げると、よかった、と優しい声音が私の鼓膜を震わせた。