限定なひと
「なぁ、清住君」
 背後から年嵩のある声が聞こえた。声の主はやっぱり先の部長だ。
「君は若いから、なんでもかんでも噛みついてやりたくなるんだろうけどね、僕はそういうのは感心しないなぁ」
 彼が頭だけを声の方に巡らすと、はぁ、と返事ともため息ともつかない間抜けな声を漏らす。
「確かに君は、まだ一年にも満たないのに契約を一つ。しかもかなり大きな話をつなげてくれてね、こちらとしては非常に助かっているよ。期待もしている。でもね、やはり謙虚さは必要だよ。目上や、そこここのルールを把握して敬えないようじゃ、いくら有望な人材といっても、まだまだとしか僕には言えないねぇ」
 手に持ったままのペンにキャップをかぶせながら、彼がゆっくりと身体を部長の方へと巡らす。
「部長。御厚情、ありがとうございます」
 なんて殊勝な態ど、……いや。あの挑むような目つき。これはむしろ、慇懃無礼な態度というもの?
「では、早速部長の助言に鑑みて、私は雑事に忙しくしている女子社員の手を煩わせないよう、謙虚に、出来うる限りをこれからも自分で行っていきたいと思います」
 そう言い放つと、ホワイトボードの横のペン立てにマーカーを放り込んで、お先ですと一言残すとさっさと事務所を出て行ってしまった。
 事務所には不穏な空気と、怒りのあまり顔を真っ赤に煮あがらせた総務部長が残された。
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