限定なひと
「……今日の清住くんってさ。いつにも増して、ちょっとカリカリしてない?」
「ひっ」
 気が付いたら、私の後ろに由美さんが立っていた。
「あ、びっくりさせてごめんね」
 いいえ、と慌てて首をふる。
「さぁさぁ、みなさぁーん。休憩室にタグチベーカリーさんから新作スイーツの試作が届いてますよぉー。食べて感想等々お聞かせくださぁい、だって」
 わぁ、と事務所内が華やぐ。
「おー、久住ちゃん。いつもありがとねぇ」
「いーえー、部長の顔も見たかったですしぃ。今度また、素敵な歌声聞かせてくださいよぉ」
 由美さんの登場で、緊張した場が一気に弛んだ。
「ありがとうございます、由美さん」
 んっふっふ~、と不敵に笑うと、伊達に派遣であちこち場数は踏んでないよ、とおどける、も。
「それにしても淡麗王子。ほんと、なんか変よ。さっきも甘味堂さんに無駄な喧嘩吹っ掛けてたしさー」
 私にしか聞こえない音量でそういうと。
「販促の暴れん坊大将軍にも、真っ向から喧嘩売ってたし」
 あの、鈴原主任にも……。
「ま、あの二人の場合は大学の先輩後輩の間柄だから、慣れ合いで喧嘩してるだけかもしれないけどねぇ。でもさ、若さゆえに、荒ぶる悩みでもあるのかもしれないよん」
 お姉さんが優しくやさぁしく全身で受け止めておあげなさいな、なんて、とんでもない一言を残して由美さんは嵐のように去っていった。
< 35 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop