限定なひと
 途端に抱き寄せられて唇を奪われる。びりりとタバコの苦味が舌に絡んでくると、口中が苦々しくなって、体も心も息苦しくなる。
 されるがままに畳の上へ押し倒されると、彼は必然のようにセーラー服をたくし上げ、育ち切っていない未熟な胸に鼻先を埋めた。
「大人の躰はつまらないよ。どれもこれも一緒。判で押したように、みんな蒸かしきった売れ残りの肉まんみたいな胸ぶら下げてさ。でも、チルはちがうね。若木のように初々しくて、瑞々しい」
 ブラもたくし上げて、凝った先にちゅっと、わざと音を立てて口づける。
「抱くたびに、キミは僕にインスピレーションを与えてくれる」
 今にして思えば、彼の言葉は年端もいかない教え子に手を出してしまった自分に対する言い訳だったのかもしれないし、なんの考えもなく吐き出すそれらしいただの言葉の羅列だったのかもしれない。
「まるでミューズだよ」
 どちらにしろ、馬鹿な小娘を騙すには充分すぎる効果があったのは確かだ。

 狭山峯隆という、その男に私が師事する切っ掛けは、小学校の頃から通っていた書道教室の閉鎖だった。
 上品なおばあさん先生が突如脳溢血で倒れ、意識不明で入院してしまった。
 でも、高校受験を控える中学三年の私にとっては、酷い言い方かもしれないけれど、辞めるのに丁度いい切っ掛けになった。
 別に好きで始めたわけでもないそれは、何かさせなければと、周囲に遅れを取りたくなくて焦る母親に強要されただけの習い事。そのまま辞め時を失してずるずると続けてきただけだ。
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