限定なひと
 生まれて初めて手にする名刺。そこには勢いのある墨文字で『狭山峯隆』と書かれていた。
「さやま、みね、たか?」
 ふ、と吐息にも似た笑い声がした。
「まぁ、本名はね。でも、この場合は『ホウリュウ』って呼んでほしいかな」
「……ほう、りゅう」
 どこかで聞いたような音の並びを何度か反芻するうちに、はたと思い至る。紹介されていた書道教室の中に、その名があったからだ。
「で、キミの名前は?」
「……間島、美智留です」
 彼は僅かに目を細めて、ふうん、と頷いた。値踏みでもされたかのような視線に少し不安と不快を感じる、も。
「美智留ちゃんかぁ」
 その間の抜けた口調に、思いきり拍子抜けした。若者特有の自意識からくる猜疑心で思いきり身構えた自分が、馬鹿みたいに思えたほどに。
「じゃあ、みんなミッチーとかミッツとか呼ぶのかな」
 能天気な彼の問いかけに、私は曖昧な笑みでお茶を濁す。あだ名にいい思い出はない。
「あ、あと、あれか。みっちゃん?」
 ぐっと言葉を詰まらせると、彼はニッコリ笑った。
「あれは良くないよねぇ。特にガキな男子ほど恰好のネタにしがちじゃない?」
 私が俯いたまま返事をしないのが返事と受け取ったのか、彼は椅子の背に肘を器用に乗せて頬杖をつくと、うーん、と悩ましい声を上げる。少しの間の後、胡散臭いほどの笑みを作った。
< 46 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop