限定なひと
「……じゃあ。僕はキミの事、チルさんって呼ぶよ。それでいい?」
「は?」
少したれ目がちの甘い目元が、子供っぽく感じた。
「だから、チルさん。チルチルでも良いけど、メーテルリンクは僕の好みじゃないんでね」
そう言うと、彼はベッドに文庫本をそっと置き、足元の鞄から一筆箋と飴のように艶やかな光沢を持った木製の万年筆、それからやたらと太いテンプルの黒縁眼鏡を取り出すと、当たり前に装着した。私はそれに度胆を抜かれたけれど、彼は気にする風もない。
「同じチルならさ」
手の中の一筆箋へとペン先が落とされると、途端にそれは表面を抉るように往来する。その傍若無人なペンの軌跡に、私は思わず魅入った。
室内の静謐に、かり、かりりっ、と鋭い音だけが響く。
「こっち方が、僕は好き」
そう言って差し出された短冊の上には、青いインクで描かれた鋭利で、それでいて繊細な『散ル』の文字。
こんな書は初めて見る。
「ね、チルさん。もしよかったらさ、僕のとこに入門しない?」
彼は薄い唇を舌先でちろと湿らすと、悪戯な笑みを浮かべてそう言う。
「名前聞いて、ああ、って思った」
突然、心の奥底でアラートが鳴りだした。
「実はねキミの事、前々から先生に紹介されていたんだよね」
なんでもいいから早く逃げろって、心が騒いだ。
「すごい筋のいい子がいる、って」
どうしよう、声が貼りついたみたいに、出ない。
「は?」
少したれ目がちの甘い目元が、子供っぽく感じた。
「だから、チルさん。チルチルでも良いけど、メーテルリンクは僕の好みじゃないんでね」
そう言うと、彼はベッドに文庫本をそっと置き、足元の鞄から一筆箋と飴のように艶やかな光沢を持った木製の万年筆、それからやたらと太いテンプルの黒縁眼鏡を取り出すと、当たり前に装着した。私はそれに度胆を抜かれたけれど、彼は気にする風もない。
「同じチルならさ」
手の中の一筆箋へとペン先が落とされると、途端にそれは表面を抉るように往来する。その傍若無人なペンの軌跡に、私は思わず魅入った。
室内の静謐に、かり、かりりっ、と鋭い音だけが響く。
「こっち方が、僕は好き」
そう言って差し出された短冊の上には、青いインクで描かれた鋭利で、それでいて繊細な『散ル』の文字。
こんな書は初めて見る。
「ね、チルさん。もしよかったらさ、僕のとこに入門しない?」
彼は薄い唇を舌先でちろと湿らすと、悪戯な笑みを浮かべてそう言う。
「名前聞いて、ああ、って思った」
突然、心の奥底でアラートが鳴りだした。
「実はねキミの事、前々から先生に紹介されていたんだよね」
なんでもいいから早く逃げろって、心が騒いだ。
「すごい筋のいい子がいる、って」
どうしよう、声が貼りついたみたいに、出ない。