限定なひと
「先生がね、正直、キミの書と先生の書は少し毛色が違うから基礎を磨いている今はいいけれど、後々彼女の個性を自分が殺してしまうかもしれないって、相談されてたんだ」
「あ、あの。私」
 やっと声が出た。
「受験、控えてるんで、もう」
 彼は一瞬、ぽかんとして、それからそっかと小さく頷く、も。じゃあ受験が終わってからだな、と既に事が決まったような口調で独り言ちた。
「キミの指導はもとより、僕のアシストもやってほしいんだよね。墨磨ったり、部屋を掃除したりとか。帳簿つけたりとか……は、さすがに無理か。もちろん、バイト料は弾むよ? 指導料と相殺しても損にならないようにする。どう?」
 とにかく考えさせて欲しいとだけ告げて、私は逃げる様に病室を後にした。
 その後、先生はそのまま意識を戻すこともなく、お見舞いの二週間後、家族の見守る中、静かに息を引き取ったと人伝に聞いた。
 告別式でも当然彼を見かけたが、やっぱり違和感というか、不信感は拭えなくて、結局、こそこそとお焼香を済ますと誰と言葉を交わすこともなく家に逃げ帰った。
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