限定なひと
 そうだった、私は今、怒っているんだから。気を取り直してもう一度、彼を見上げる。
「そ、それなら清住くん。貴方が何とかしてよっ」
「俺?」
 眉間に皺を寄せつつも思いっきり面食らっている彼に、私は尚も噛みついてやる。
「そうよ。今の話をそっくりそのまま全体会議の時にでも言ってみたらどう? きっと超有名私大卒の超エリートの貴方の言葉なら、田舎者で肩書に弱い上層部も聞く耳持つかもしれないじゃないっ」
 そう言い捨てると、私は彼と一切視線を合わすこともせず、トイレ掃除へと向かった。
 その一週間後。朝礼で、社長自らが以外な言葉を発した。
「心の美しさは身の周りの美しさからと言います。今まで『女子社員』に任せっきりにしていた掃除を、明日から男女立場を問わず、社員みんなで持ち回りにしようと思います」
 ざわつく社内に対し、上層部はみな何故か感慨深げに頷いている。
 私は咄嗟に隣の彼を見上げていた。だけどそこには、むっすりと不機嫌そうな摩天楼が突っ立っているだけで、こっちには一瞥もくれることはなかった。
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