限定なひと

 彼との関係が一変したのは、彼が院展の作品に取り組んでいた頃。
「ちょっと、休業するから」
 受話器の向こうでそれだけ言うと、彼はそれきりふらりと姿をくらました。
 奇しくもその時、私の方でも本格的な進路指導が始まり、いよいよこれからの身の振り方を真剣に考えなければならない時期に差し掛かっていた。相談したい事、聞きたい事は山ほどあった。でも、彼は携帯電話を持たない、パソコンも一切さわらない所謂アナログな人だ。だから連絡する術などなくて、私は途方にくれた。
 でも、それは私だけではなかった。
 久々にバイトのない放課後。物足りなさを抱えてとぼとぼと歩いていると、駅の入り口にぼんやりと見知ったような姿が佇んでいた。
「今って、お時間大丈夫かしら?」
 極めて事務的な口調の彼女に、ええ、とか、はぁ、とかそんな曖昧な返答をしていた。
「ミネタカがね、最近、口を開けばこう言うの」
 それまで無機質な能面のような表情に、僅かな亀裂が入った。
「あの子は違う、あの子はそんな風に言わない、あの子ならきっと、あの子は、あの子はって、そればっかり」
 早口でまくし立てながら、彼女は私の目の前まで迫ってきた。
「ねぇ、あなた。ミネタカに何をしてくれたの?」
 私はその問いに困惑する。何をした、と言われても、何かをするどころか、その時間すらも無かったほど彼はぱたりと消えたのだから。
「……何、って」
 口籠っていると、彼女が突如、般若のように顔を歪ませた。
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