限定なひと

 結局、私の進路は、彼の「モラトリアムって言葉、知ってる?」という一言であっさりと決まった。

 短大に進学しても私たちの汚れた関係は変わることはなく、むしろ濃度を増していった。
 彼女の留守の時はもちろん、彼女がいる時でさえ私たちは浅ましく互いを貪り合った。彼女と壁一枚隔たてただけの場所で行う背徳行為は甘美にすら思えて、今にして思えば最低以外の言葉は思いつかない。
 ただ、時には逆に、私がそれと遭遇する事もあった。
 そんな時の彼女は、その状況を恥じるどころか、豊満な肢体を隠す事もなく、勝ち誇った風にこちらを見据えるだけで、むしろ彼の動揺の方が滑稽に見えた。
 彼はその後、必ず私を抱いた。口直しと称して。私にはそれが堪らなく嬉しかった。
 でも、そんな歪んだ蜜月は、案外ありきたりな形で終わりを告げた。
「彼女さ、僕に隠し事してたんだ」
 頭の中で、またしてもアラート音がする。
「酷いよね。もう、五か月後半なんだって」
「……え?」
「女性の身体って不思議だね。お腹なんてぺちゃんこのままなのに、エコーっていうの? あれで見ると、しっかり何かが居るんだよ」
 彼は眼鏡のテンプルとトントンと突きながら、口だけで笑みを形作った。
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