限定なひと
「それから毎晩だよ。そのお姉さんが半裸で誘ってくる夢ばっか」
 だから、私も俯かずに彼を直視する。
「あの後、部屋から出て来たお姉さんの胸元のリボンが歪んでたから、思い切って、リボンが曲がってる、って声かけたんだけど」
 ふいに、私の脳裏にある情景が浮かんだ。
「いいの別に、ってすごい投げやりに言われて」
 利発そうな綺麗な顔の男の子が、私を見上げていた光景だ。
「でも、泣きそうな顔してたから、無性に慰めてあげたくなって」
 そういう彼こそ、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「大丈夫ですか、って言ったら、無言のままスカートのポケットまさぐって、俺の目の前に指先につまんだもの、見せつけるみたいに差し出してきて」
 ああ、そうだった。
「俺もつられて、つい掌をだしたんだけど。そしたらそこに、ぽんと落としたんだ」
 煙草と嫌悪で爛れた口の中をリセットしたくて、いつも持ち歩いていたもの。 
「それからかな、あの飴、好きになったの」
 そう言うと、彼は胸ポケットに納まっている黒縁眼鏡を取り出した。
「これだってそうだよ。俺、元々視力は馬鹿みたい良かったんだけど、あの人は眼鏡の方が好きなんだろうな、って思ったら、居ても立っても居られなくって。伊達眼鏡、それもテンプルのぶっといヤツかけまくってて、そうしたらホントに薄っすら視力が悪くなっちゃって」
 ふふ、と、思わず笑いがこみ上がる。そんな冗談みたいな事ってあるんだ。
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