限定なひと
「お袋と結託して、悪事を働きました」
「悪事?」
 視線を横にそらしつつ、ちょっと困った彼がなんだか珍しくて、ますます私は見入る。
「あそこの会社を、うちのグループに吸収合併しよう、って」
「ぐるーぷ……、きゅーしゅー?」
「吸収合併、わかります? 言ってる意味」
 これって、由美さんが言っていた、清州産業グループが云々ってヤツ、なんだろうか。……だとすると、彼って。
「親父や他の役員連中が、俺の希望就職先にまず納得するわけがないからって、お袋が、お節介な母よねぇ~とか言って、スーパー・ダイヤスと業務提携の話を持ち出たんですけど」
 彼が悪戯を見つかった子どもみたいに、不安げな顔でこちらを見る。
「バカでしょ? うちの親も俺も。四十万人規模のグループ企業をさ、極めて個人的理由で振り回して」
 私の頭では、ちょっと、理解できない話になってきてるような。
「いや、もちろん『ル・マルシェ』ってプロジェクトは、もう五年くらい前から動きだしてる事業だし、ダイヤスはこの辺一帯でも堅実な商売してたから、もちろん買収候補の一つとして挙がってたし」
「ば、買収っ!?」
 あ、いや違う、そうじゃなくてって顔を赤くして慌てる彼がなんだか面白い。
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