限定なひと
「ねぇ、今日は二人ともお夕飯、食べていくわよね? 美味しい和牛があるからすき焼きでもどうかしらと思って。それにね、坂崎の叔父様と叔母様も顔出してくれるって言っているし」
 ああ、流石にこれは不味いパターンだ。やっと戻った姫君のご機嫌が、よろしくなくなる。
「何それ。坂崎の叔父さん夫婦が来るなんて、そんなの私、聞いてない。それよりも、今日はこれからソファーとかベッドとか、大きい荷物の搬入日だって、前から何度も言ってるはずだけど?」
 それでも、ごにょごにょ……、と小さな声で異を唱える母親を一瞥で黙らせる娘の様子に、二人の過去が透けて見える。
 きっと昔は、これが逆だったんじゃないだろうか。
 元々そんなに口数の多くない彼女に対し、その口下手を不憫に思う反面、良いように利用してきた母親、あたりだろうか。
 今後のためにも、後で飯でも食べながら、彼女にその辺のことを聞いてみるのもいいかもしれない。
 でも、まずは。
 このクローゼットの奥の、アルバム類とかその辺を出さない、と。
「……あれ?」
 ふいに目に留まった、クローゼットの一番端にかかっているクリーニング屋のビニールに手を掛ける。
「ちょっと。偉人ったら、何してるの」
 やっぱ、ビンゴ。突如、俺の頭の中が奇妙にざわつく。
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