限定なひと
「……で」
 彼女の冷ややかな声が、浮かれモードの俺に釘を刺す。
「なんで、どさくさに紛れて、あれも持ってきてるの?」
 一瞬の間の後、ピンとは来たけど俺はとりあえず白を切る。
「あれって?」
 だから……、と言いよどむから、やっぱり正解らしい。
「あれって、あれ?」
 そう言ってバックミラーに視線をやると、後部座席の段ボールの間にずり落ちかけたビニールの包みに目が止まる。
「あんなの、もう使わないんだから、邪魔になるだけじゃない」
 俺は、ちらりと横目で彼女を伺った。怒ってるだろうな、と思いきや。むしろ困惑しているような、不安そうな顔でバックミラー越しの制服を見ている。
 持ってきた理由を言ったら、怒るかな。いや、泣かせちゃうかな。最悪、嫌われるかもしれない。でも、仕方ない。
 クローゼットに潜んでいたコイツの存在は、俺の中にしまい込んでいた感情の蓋をこじ開けてしまった。
 これから俺は、彼女にとんでもない事をお願いしようとしている。でも、そうするしか、今のこの感情をやり過ごす手立てが見当たらない。
 俺は眼鏡のブリッジを中指で軽く押し上げると、大きく息をすいこんだ。
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