限定なひと
「……美智留さん」
 俺の出来る限り、一番の優しい声で語り掛ける。でも、彼女は頑ななまま、全てを閉ざしているように見えた。 
「……あのさ、騙されたと思って一回だけでいいから、想像してみてくれる?」
 徐に起き上ると、彼女の躰も抱き起す。
「……想像?」
 彼女がやっと目を見てくれた。かなり困惑を含んでいたけれど。
「そう、俺の言う通り想像するだけ。いい?」
 こくり、と。またえらく素直に頷く。ちょっと違うモードに切り替わっているというか、当時に戻っちゃってる感は否めない。でも、それなら返って好都合。
「俺と、初めて逢った時のこと、思い出して」
「偉人、と?」
 少しだけ視線を外して逡巡する。
「記憶の中の俺は、どんな風?」
 再びこちらを見上げたその瞳には、無気力と虚無が綯い交ぜになったような色が映ろっていた。まるであの頃のような。
「……小さくて、綺麗な顔した子」
 声音もどこかぶっきらぼうで、当時の彼女を彷彿とさせる。
「じゃあ、その子を消して、替わりに今の俺と置き換えてみてよ」
 え? と、彼女は思いきり困惑した声を上げた。
「チルさんに飴を貰うのは、小学六年の俺じゃなくて、今の俺。十七歳のチルさんが、二十四歳の俺に飴をくれるの。さぁ、想像してみて」
 彼女は俯いたまま、黙ってしまった。俺は更に言葉を並べた。
「貴女の中のチルさんが悲しくなった時は、今の俺が慰める。チルさんが辛くなった時は、今の俺がずっと抱きしめてあげる。チルさんが虚しくなった時は、今の俺がたくさん可愛がって甘やかして、いっぱい俺で埋めてあげる。どう?」
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