限定なひと
 限界だと思った瞬間、口元を俺から離して彼女が呟いた。
――気持ちいいですか? 先生。
 返事に窮する俺を見て、まだだめですか? と言うと、再び口中深くまで俺を含んだ。ちょっとまって、と慌てる俺を尻目に、彼女はえづくのも構わずに激しく深く俺を愛撫する。事の成り行きに着いていけなくなって、つい、止めてくれと声を荒げた瞬間、彼女がふいに正気に戻ったように見えた。でも。
 ごめんなさい、今度はちゃんと上手くするから、と。何度も呻くような懇願が続いて、ついには大声で泣き出してしまった。
 あの男が、未だに彼女をこんなにも支配しているのかと、俺はつくづく思い知らされた。その途端、俺の中に居てもたっても居られないほどの焦りと衝動が生まれた。
 本当はもっと普通の恋愛みたいに、彼女と段階を踏んでいきたかった。でも、焦るあまり無計画に『チル』を持ちだしたのは、自分でも浅はかというか、酷いというか、馬鹿だったとしか言いようがない。
 そして、さっきも。嫉妬に駆られて、彼女をこんな目に逢わせて、泣かせて、めちゃくちゃにして。
「……うーん」
 彼女の躰が僅かに身じろぐと、突如むくりと起き上った。
 びっくりして見上げる俺を緩慢な視線が捕えると、微睡んだままの彼女の口角が上弦の弧を描く。
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