限定なひと
「あ、あとさぁ。今日の販促と合同の定例会だけど、総務の女の子たちも合流する事になったから、間島君はもうそのまま直帰でいいよ」
 どうせ飲むなら、地味な私よりも他の女の子の方が楽しいもんね。まぁ、それは全然いいけど、先に徴収された会費は返してもらえるんだろうか。むしろそっちの方が心配。
「あの、課長」
 その時、低いけれど良く通る声がした。
「どうした、清住」
 課長が書類の山から少しだけ顔を覗かせる。
「それ、例の書類ですか?」
 そうだけど、と答える課長の声のトーンが少しだけ下がった。
「でしたら、俺が持っていきますよ。今すぐ準備して下さい」
 い、今すぐっ!? と、聞いたこともない裏声を上げた課長に、彼は無表情で返す。
「まさか、まだ全然できてないとか言いませんよね?」
 うぐっ! とこれまた聞いたこともないような呻き声で課長が返事した。とたんに彼の目元にあからさまな剣が挿す。
「あの書類、確か二日前には課長に提出したはずですけど」
「あ、あのさぁ清住。俺はさぁ、新人のお前と違って、こればっかりが仕事じゃないんだよ?」
 書類の山の向こうから課長を見る彼の視線が冷ややかすぎて、こちらまで空寒く感じる。
「そうですね、あれだけタバコ吸ってたら、仕事する時間もないですよね」
 おい、と課長が席から立ちあがりかけたその時、少し離れた部長席から咳払いが聞こえた。女の子にはセクハラでなぁなぁな部長も、男子社員の言い分には耳を傾けるんだ、と思ったら、ますます馬鹿らしくなってくる。
< 9 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop