むらさき
プロローグ
気が付けばぼくはここに立ち尽くしていた。
対面には鼻先まで伸びたうっとうしい前髪に遮られて、その隙間の向こう側に砂浜。
そして海。
見慣れたぼくらの海。
紅く染まって、遠く、近く、波を打つ。
僕の前髪が風に揺れると、紅い海も同じように波を打つ。
遠く海に負けないようにとばかりに紅い空。
何もない。
何も聞こえない。
とても静か。
波の音も、髪が揺れる音も、声を出してみても、なんにも聞こえない。
まるで耳が無くなっちゃったみたい。
とても静かで、心安らかで、
……それがなんだか、泣きそうだった。
夕焼けみたいに紅く染まった海と空。
それからぼくの、伸びがちな前髪だけが見える。
それを薄目で眺める。
ここはどこか。ここは……。
静かなのに、ただそこにあるだけなのに、見慣れたものであるはずなのに……
焼き付くみたいにただ印象的なこの景色を見ていられなくなって、ぼくはぎゅっとまぶたを下ろした。