飛恋(とびこい)
・
トクン、トクン、トクン。
心臓の音がする。
私の好きな心臓の音。
ピッ!
笛の音と共に地面を蹴って走り出す。
目の前に来たハードルを空を飛ぶように越える。
後はゴールまでの少しの距離を走り抜ける。
「うわ、すげーな。」
ゴールでタイムを測っていたキョウ先輩が声を上げる。
私のタイムに驚いたようだ。
きちんとウォームアップをしていないだけあって、全力を出し切れなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
疲れた。受験で休んでいた身体にいきなりの1本はキツかった。
久しぶりだ、この感覚。気持ちいい。
「お疲れさん。」
そう言って先輩は少し屈んだ私の頭にポンと手を置いた。
「ありがとうございます。」
私は息を整えるとゆっくりと身体を起こす。
それと同時に頭の上の手が離れる。
「でも、今の全力じゃないだろ?」
「あ、はい。まぁ…。」
どうしてこうも見透かされるんだろう。
「お前はもっと伸びるよ。」
「ありがとうございます。」
先輩の目は真剣そのものだった。
その目を見た私は少しだけ身を構えた。
「ワガママ聞いてくれてありがとう。見れてよかった。やっぱり凄いやつだった。」
「いえ。ウェアは明日返してもいいですか?」
「そのままでいいよ。」
「洗わせてください。」
「ありがとう。」
「いえ、こちら…」
「先輩!その子ばっかり構ってないで走ってくださいよ!」
私の声を遮って女の子達が先輩に話しかけた。
気のせいか先輩に見えないように睨まれた気がした。
こ、怖い…。
「ごめん、ごめん。あ、気をつけて帰れよ!」
「あ、はい。」
先輩は腕を掴まれスタートへと戻ってしまった。
「はぁ…。」
私は家に着くなりベッドに身体を預ける。
疲れた。
身体、鍛え直さないと。
このままじゃ着いて行けなくなりそう。
「ミーキ!」
「え!?何!?」
「何!?じゃないよ!何度も呼んでるってば!次、移動だよ。視聴覚室!」
「あ、あぁ。」
私はぼーっとしていたのかマリの何度かの呼び掛けに気づかなかった。
「早く!」
「うん!」
私達は視聴覚室へ急いだ。
「えー、では、この学校について話します。筆記用具出してここと、ここ。記入してください。分からないことがあれば手を挙げて先生を呼んでください。」
私は筆箱からシャーペンを出し、芯を少し出した。
ふと隣を見ると1人の男の子が机に伏せていた。
「おい、そこ寝てるの誰だ。入学早々勇気あるな。黒崎、起こしてやれ。」
え、私!?
周りはこちらを見ている。
「あ、あのー…。」
私は声をかける。…起きない。
そっと肩をたたく。
「ねぇ、起きて。怒られるよ。」
というか、怒られてるよー。
他の誰かに助けを求めようと見渡してみるももう誰も見ておらず、学年主任の先生も話の続きをしていた。
(みんな無責任過ぎない?)
心の中でそう思いながら再び起こす。
さっきより強めに肩を叩く。
「んー。なに?」
なにじゃないよ。
「起きて。」
「悪い。起こしてくれたの。さんきゅ。」
「あ、うん。」
思いがけないお礼に私は拍子抜けする。
こういう人って何となく逆ギレされそうなのに…。
「このプリントのここと、ここに名前と住所書くんだよ。」
私は気分がよくなって説明をする。
でも、男の子はペンを握らない。
「もしかして、忘れたの?これ使って!」
そう言って私はシャーペンを差し出す。
「悪い、助かる。」
そっと受け取った彼は名前と住所を書き始めた。
名前は…早見ソウ。
ん?早見?え!?
「えっ!?」
私は驚きのあまり大きな声を出してしまった。
「おい、そこ。うるさいぞ。」
「ご、ごめんなさい…。」
私は肩を竦め謝罪する。
「ばーか。」
私を驚かせた本人であり、悪態をつくこいつは早見ソウ。中学からの同級生で仲の良い友達。
「なんで。ここにいるの!」
「なんでって受かったから?」
そうVサインをこちらに向けて言った。
私でも家庭教師を付けて必死に勉強したのに、私より馬鹿なこいつがなんで受かってるわけ?
「裏口?」
「ばか、二次募集だよ。」
私がくすりと笑うとソウも笑った。
「次ー、我がバスケ部ー。」
担任の瀬古ナオキ先生が先頭で言う。
あの説明の後、文化部と運動部で別れて部活動見学になった。
平日だが先輩達も授業がなく、後輩にアピールする時間として設けられた。
そう言えば瀬古先生はバスケ部の顧問だったっけ。
コートに目を移すとボールを持つと同時に走り抜ける選手達が。
ピーッ!
ゴールが入ると審判をしているマネージャーらしき女の子がブザーを鳴らす。
「先生!ちょっとやって見てよ!」
「そうだよ!腕前披露!」
そう煽られた先生は履いていたスリッパを脱ぎ、先生のであろうバスケットシューズに履き替えた。
「ちゃっかり、準備してんじゃない。」
マリがボソッと言った。
「た、確かにね。」
キュッキュッと靴を鳴らす先生。
その後ちらっとこちらを見た。
まるで、見てろよ、なんて言わないばかりに。
私は先生の背中を見つめていた。
「あの背中、どこかで…。」
「ん?なんか言った?」
私の言葉にマリが反応する。
「ううん!なんでもないよ!」
名前だって初めて聞いた名前じゃない気がする。
「キャーーーーッ!」
その歓声に驚きコートを見ると先生がゴールを決めていた。
「ナオせんせーーーい!!」
瀬古、ナオキ。
あと少しな気がするのに出てこない。
「おい、ミキ。どうした?顔色悪いぞ?」
今度はいつの間にか隣にいたソウが声をかけてきた。
「あ、大丈夫。ちょっと考え事で。ありがとう。」
「そうか、ならいい。」
あれ、ソウってこんなに優しかったっけ…。
そう思っている間にソウは向こうへと歩いていった。
大丈夫とは言ったものの、モヤモヤする。
「次ー。陸上部ー。」
「キョウ先輩ー!!」
これが黄色い歓声というものなのか…。先生への歓声よりも数倍も大きい。
走っている先輩。相変わらず速い。
「ミキも早く飛びたい?」
「うん。そうだね!」
少し微笑み言った。
「キョウガールズに目をつけられないようにね。」
「キョウガールズ?」
私は聞きなれない言葉を聞き返す。
「あぁいう女の子達。」
マリは顎で黄色い歓声の本人達を指す。
「あ、あぁ。」
「同い年はまだいいとして、先輩にもいるから目をつけられて学校やめた子もいるらしいよ。」
「えぇ、怖いよぉ。」
私は眉を下げて言った。
「あ!君!今日もやってく?」
「えっ!?」
いきなりの声掛けに私は驚くことしか出来なかった。
「あ、まだ名前言ってなかったね!俺、工藤キョウ3年!君は?」
「く、黒崎ミキです。1年生です。」
「黒崎って上中の?」
「あ、はい。上田中学です。」
私は出身校を当てられ唖然としていた。
「知ってる!なんか凄いやつが現れたって!うちに来てくれて嬉しいよ!!」
先輩は私の両肩を掴み前後に揺らした。
「おい、やめろ。」
そう言って先輩の腕を上から掴んだのは瀬古先生だった。
「先生…?」
ふと見た先生の目は真剣だった。
「そんな怒ることじゃないっすよ。先生。」
先輩もこの異常な目に気づいたのかわざと軽々しく言った。
「うちの可愛い生徒を乱暴に扱うなってことだよ。」
「はいはい。」
そういって先輩は肩から手を離した。
「大丈夫か?」
先生は私を見て言った。
「あ、はい。大したことじゃないですから。」
私も聞きたいです。どうして今先生の顔はそんなに悲しそうなんですか?
トクン、トクン、トクン。
心臓の音がする。
私の好きな心臓の音。
ピッ!
笛の音と共に地面を蹴って走り出す。
目の前に来たハードルを空を飛ぶように越える。
後はゴールまでの少しの距離を走り抜ける。
「うわ、すげーな。」
ゴールでタイムを測っていたキョウ先輩が声を上げる。
私のタイムに驚いたようだ。
きちんとウォームアップをしていないだけあって、全力を出し切れなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
疲れた。受験で休んでいた身体にいきなりの1本はキツかった。
久しぶりだ、この感覚。気持ちいい。
「お疲れさん。」
そう言って先輩は少し屈んだ私の頭にポンと手を置いた。
「ありがとうございます。」
私は息を整えるとゆっくりと身体を起こす。
それと同時に頭の上の手が離れる。
「でも、今の全力じゃないだろ?」
「あ、はい。まぁ…。」
どうしてこうも見透かされるんだろう。
「お前はもっと伸びるよ。」
「ありがとうございます。」
先輩の目は真剣そのものだった。
その目を見た私は少しだけ身を構えた。
「ワガママ聞いてくれてありがとう。見れてよかった。やっぱり凄いやつだった。」
「いえ。ウェアは明日返してもいいですか?」
「そのままでいいよ。」
「洗わせてください。」
「ありがとう。」
「いえ、こちら…」
「先輩!その子ばっかり構ってないで走ってくださいよ!」
私の声を遮って女の子達が先輩に話しかけた。
気のせいか先輩に見えないように睨まれた気がした。
こ、怖い…。
「ごめん、ごめん。あ、気をつけて帰れよ!」
「あ、はい。」
先輩は腕を掴まれスタートへと戻ってしまった。
「はぁ…。」
私は家に着くなりベッドに身体を預ける。
疲れた。
身体、鍛え直さないと。
このままじゃ着いて行けなくなりそう。
「ミーキ!」
「え!?何!?」
「何!?じゃないよ!何度も呼んでるってば!次、移動だよ。視聴覚室!」
「あ、あぁ。」
私はぼーっとしていたのかマリの何度かの呼び掛けに気づかなかった。
「早く!」
「うん!」
私達は視聴覚室へ急いだ。
「えー、では、この学校について話します。筆記用具出してここと、ここ。記入してください。分からないことがあれば手を挙げて先生を呼んでください。」
私は筆箱からシャーペンを出し、芯を少し出した。
ふと隣を見ると1人の男の子が机に伏せていた。
「おい、そこ寝てるの誰だ。入学早々勇気あるな。黒崎、起こしてやれ。」
え、私!?
周りはこちらを見ている。
「あ、あのー…。」
私は声をかける。…起きない。
そっと肩をたたく。
「ねぇ、起きて。怒られるよ。」
というか、怒られてるよー。
他の誰かに助けを求めようと見渡してみるももう誰も見ておらず、学年主任の先生も話の続きをしていた。
(みんな無責任過ぎない?)
心の中でそう思いながら再び起こす。
さっきより強めに肩を叩く。
「んー。なに?」
なにじゃないよ。
「起きて。」
「悪い。起こしてくれたの。さんきゅ。」
「あ、うん。」
思いがけないお礼に私は拍子抜けする。
こういう人って何となく逆ギレされそうなのに…。
「このプリントのここと、ここに名前と住所書くんだよ。」
私は気分がよくなって説明をする。
でも、男の子はペンを握らない。
「もしかして、忘れたの?これ使って!」
そう言って私はシャーペンを差し出す。
「悪い、助かる。」
そっと受け取った彼は名前と住所を書き始めた。
名前は…早見ソウ。
ん?早見?え!?
「えっ!?」
私は驚きのあまり大きな声を出してしまった。
「おい、そこ。うるさいぞ。」
「ご、ごめんなさい…。」
私は肩を竦め謝罪する。
「ばーか。」
私を驚かせた本人であり、悪態をつくこいつは早見ソウ。中学からの同級生で仲の良い友達。
「なんで。ここにいるの!」
「なんでって受かったから?」
そうVサインをこちらに向けて言った。
私でも家庭教師を付けて必死に勉強したのに、私より馬鹿なこいつがなんで受かってるわけ?
「裏口?」
「ばか、二次募集だよ。」
私がくすりと笑うとソウも笑った。
「次ー、我がバスケ部ー。」
担任の瀬古ナオキ先生が先頭で言う。
あの説明の後、文化部と運動部で別れて部活動見学になった。
平日だが先輩達も授業がなく、後輩にアピールする時間として設けられた。
そう言えば瀬古先生はバスケ部の顧問だったっけ。
コートに目を移すとボールを持つと同時に走り抜ける選手達が。
ピーッ!
ゴールが入ると審判をしているマネージャーらしき女の子がブザーを鳴らす。
「先生!ちょっとやって見てよ!」
「そうだよ!腕前披露!」
そう煽られた先生は履いていたスリッパを脱ぎ、先生のであろうバスケットシューズに履き替えた。
「ちゃっかり、準備してんじゃない。」
マリがボソッと言った。
「た、確かにね。」
キュッキュッと靴を鳴らす先生。
その後ちらっとこちらを見た。
まるで、見てろよ、なんて言わないばかりに。
私は先生の背中を見つめていた。
「あの背中、どこかで…。」
「ん?なんか言った?」
私の言葉にマリが反応する。
「ううん!なんでもないよ!」
名前だって初めて聞いた名前じゃない気がする。
「キャーーーーッ!」
その歓声に驚きコートを見ると先生がゴールを決めていた。
「ナオせんせーーーい!!」
瀬古、ナオキ。
あと少しな気がするのに出てこない。
「おい、ミキ。どうした?顔色悪いぞ?」
今度はいつの間にか隣にいたソウが声をかけてきた。
「あ、大丈夫。ちょっと考え事で。ありがとう。」
「そうか、ならいい。」
あれ、ソウってこんなに優しかったっけ…。
そう思っている間にソウは向こうへと歩いていった。
大丈夫とは言ったものの、モヤモヤする。
「次ー。陸上部ー。」
「キョウ先輩ー!!」
これが黄色い歓声というものなのか…。先生への歓声よりも数倍も大きい。
走っている先輩。相変わらず速い。
「ミキも早く飛びたい?」
「うん。そうだね!」
少し微笑み言った。
「キョウガールズに目をつけられないようにね。」
「キョウガールズ?」
私は聞きなれない言葉を聞き返す。
「あぁいう女の子達。」
マリは顎で黄色い歓声の本人達を指す。
「あ、あぁ。」
「同い年はまだいいとして、先輩にもいるから目をつけられて学校やめた子もいるらしいよ。」
「えぇ、怖いよぉ。」
私は眉を下げて言った。
「あ!君!今日もやってく?」
「えっ!?」
いきなりの声掛けに私は驚くことしか出来なかった。
「あ、まだ名前言ってなかったね!俺、工藤キョウ3年!君は?」
「く、黒崎ミキです。1年生です。」
「黒崎って上中の?」
「あ、はい。上田中学です。」
私は出身校を当てられ唖然としていた。
「知ってる!なんか凄いやつが現れたって!うちに来てくれて嬉しいよ!!」
先輩は私の両肩を掴み前後に揺らした。
「おい、やめろ。」
そう言って先輩の腕を上から掴んだのは瀬古先生だった。
「先生…?」
ふと見た先生の目は真剣だった。
「そんな怒ることじゃないっすよ。先生。」
先輩もこの異常な目に気づいたのかわざと軽々しく言った。
「うちの可愛い生徒を乱暴に扱うなってことだよ。」
「はいはい。」
そういって先輩は肩から手を離した。
「大丈夫か?」
先生は私を見て言った。
「あ、はい。大したことじゃないですから。」
私も聞きたいです。どうして今先生の顔はそんなに悲しそうなんですか?