臆病な背中で恋をした ~2
 正直、会社にいて仕事と亮ちゃんを切り離すのって難しい。でも大きなミスをして会社に迷惑がかかれば、それこそ亮ちゃんに合わせる顔がなくなる。掃除でも整頓でも、雑務を見つけては何かに集中して、自分の気持ちを一生懸命に逸らした。
  
  

 午前中の来客が終わって、お昼休憩になる前に6階の給湯室にポットを返そうと、下から上がって来るエレベーターを待っていた。
 到着を知らせる電子音と共に扉が開き、乗っていた長身の男性二人の片方と目が合い・・・固まった。

「明里か。しばらく顔を見てなかったな、元気か?」

 向こうも少し目を見開いて、でもすぐに真下社長の口許に笑みが滲んだ。操作盤に手を伸ばしているもう一人が室長代理の秋原さんだと気付いて、慌ててお辞儀をする。

「はい、あの・・・元気です」

 わたしの手にポットがぶら下がっているのを見て、社長は体を引くと、早く乗れと口角を上げて促した。
 
 今日は紺色の三つ揃いに、ブルーとグレーのストライプのネクタイ。目鼻立ちがはっきり整った面差しと合わせて、相変わらず目を惹かれる存在感。半身を振り返って、こっちに目を細める社長に緊張してどぎまぎする。

「髪を伸ばしたのか。女らしくて似合ってるぞ」

 すっと伸びてきた男らしい指が、鎖骨の辺りで緩くウエーブがかった一房を掬って遊び。間を置いて、社長は眼差しを和らげ口の端を緩めて見せた。

「・・・あまり構ってやれなくて悪いな、明里。何かあったら遠慮なく言え。お前は大事な女だ、俺にとっても」
 
 上辺だけで言ってるわけじゃないのは知っている。この人はする気のない約束はしない人。それなら。喉元まで出かかった、『亮ちゃんは、どこにいるんですか』。
 思い出した津田さんの言葉と交差して、胸の中で小さな竜巻が暴れた。ようやく飲みこんで頷き返すのが精一杯だった。
 
 ほんの束の間で6階に着き、軽く会釈をして扉が閉まる寸前。真下社長とさっきよりも深く目が合った。
   
『すべてはお前次第だ』


 
 そう言われたような気がした。
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