臆病な背中で恋をした ~2
「手塚さーん、今週中に印紙12万円分用意しといてー」

「はい、分かりました」

 グランド・グローバルに入社して一年ちょっと。不動産事業部のマネージメント課で、初野さんと分け合いながら仕事をこなして。ときどき一緒にゴハンを食べて帰ったりするのも相変わらず。
 
 ただ寂しい出来事もひとつ。初野さんと仲が良かった三好さんが、先月末で退社してしまったこと。付き合ってた彼氏さんが遠方に転勤になり、結婚を前提でついて行くのを決めたと彼女らしいサバサバした笑顔であっけなく。
 
『あ~、あたしも婚活しよっかなーっ、日下室長も戻ってこないしさ~っ』

 3人で送別会をした時、初野さんは恨みがましそうに、ハイボールをおかわりしていた。






「今日はターミネーターとデート?」

 終業時間になって、ロッカールームで制服から着替えていると。隣りから初野さんが意味深な笑いで、わたしに声を潜めた。
 他の課の女子社員も一緒だし、津田さんと同じマーケティング課の人もいる中で、あからさまなことは言わないで欲しいと思う。

「えぇと、今のところ特には・・・」

 そもそも津田さんとデートしたことは一度もないんだけど・・・。内心で溜め息を漏らし、曖昧に笑って誤魔化した。

 社内では、海外事業部立ち上げの準備出張だと通達された亮ちゃんが、留守の間のわたしの面倒を任せたらしい津田さんは。前触れもなく、いきなり食事に連れてってくれたりする。
 彼が会社の前に横付けした車に、わたしが乗り込むのを数回目撃されて以来、初野さんには浅くはない関係だと認識されている。他の社員にそう噂をされているらしいのも、彼女から聞かされた。
 
 津田さんにも、誤解を招くから待ち合わせは別の場所にしませんかってお願いしたのに。

『俺があんたの彼氏だって思われてた方が、何かのとき他人の目を欺けるだろ』

 亮ちゃんとの関係は絶対に知られちゃいけない秘密。津田さんの言うことも一理あるかなって思ったから、あえて彼女にも完全否定はしていない。 
 
「なんか怖くてツッコめないけど、あたしは応援してるからねっ」

 薄手のコートを着込んだ背中を明るく叩かれた。

 でも『怖くて』・・・って、どういう意味???
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