しあわせ食堂の異世界ご飯2
 周囲に注意をしながら山の中を歩き、大体のキノコ収穫スポットを回ってから、アリアたちは街へと戻ってきた。
 しあわせ食堂のドアを開けて中へ入ると、エマが帰りを迎えてくれる。
「三人とも、おかえり。キノコはどうだったんだい?」
「ただいま母さん。キノコはあったけど、すげーでかい!ってのはなかったな。これはもう、当日の運がかなり勝敗を分けるんじゃないかな」
 カミルと何箇所かキノコが多く生えてそうな場所を回り、実際生えてはいたのだが……優勝できるほど大きかったかと聞かれれば、否。
 やはり自然の恵みだけあって、なかなか難しそうだ。
 エマはあっはっはと笑いながら、「仕方ないよ」とアリアたちを慰める。
「キノコの収穫量やサイズは、年によってもまちまちだからね。こないだ市場に行ったけど、売ってたキノコは去年よりサイズが気持ち小さかったよ」
 つまり今年は、来年に比べると小ぶりのキノコが多いようだ。
 となると、わずかな大きさの差が勝敗を分けることになる。
 当日は、効率よく山の中を歩いて、少しでも大きなキノコを手に入れなければいけなさそうだ。
 アリアは祈るような気持ちで、当日になるのを待った。

 ***

「は? 妃候補の姫たちが収穫祭で勝負を行う……?」

 夜も更けたころ、リベルトは執務室でひどく不機嫌そうに言う。
 その相手は、報告をもってきたローレンツだ。姫たちが勝手にやっていることですと前置きをして、ローレンツは話を続ける。
「しかも、参加者にはアリア様も入っていますよ。トワイライドのセレスティーナ様と、ファフティマのシンシア様と、エストレーラのアリア様です」
「……はあ。何をやっているんだ」
 書類を書いていた手を止めて、リベルトは頭を抱えたくなる。まさか、自分の与り知らぬところでそんなことをされているとは思いもしなかった。
 そもそも勝負をするまでもなく勝敗は決しているのだから、リベルトの怒りも最もかもしれない。だが、ローレンツはそんなリベルトに厳しく告げる。
「確かにリベルト様はアリア様と婚約するのでしょうけれど、王城内でその事実を知っている人間は極わずかです。その状況で、アリア様に大国であるトワイライドから勝負の申し入れがあったら――」
「断れない、か。わかっている」
 もう一度、リベルトはため息をつく。
 アリアを守るために動いているのに、周りは上手く回らない。
 ローレンツは苦笑しながらリベルトを見て、「どうしますか?」と問いかける。
「無理やり勝負を止めさせることもできますよ」
「そんなことはしない」
「承知しました」
 今更、リベルトが妃候補たちに介入するのはよくない。
 いらぬ歪みができそうだし、王女たちと交流することになってしまう。加えて、リベルトに謁見を申し込むための理由も与えてしまうことになる。
 けれど――アリアのことが気になってしまうのも事実だ。
 介入しないことを決めたリベルトだが、どうにかしてアリアを助けてやりたいとも思う。だが、さすがキノコ大会で無理やり優勝させるのは難しい。収穫したキノコを見せる必要があるので、それがないと住民から反感を買ってしまうからだ。
 リベルトが悩んでいると、くすくす笑う声が耳に入る。
「……なんだ、ローレンツ」
「いいえ? リベルト様が、こうして一人の女性のことで悩んでいるのを見るのが新鮮で」
「ほっとけ」
「私は嬉しいんですよ?」
 今まで最低限の人間としか交流せず、誰かを信じることもない。そんなリベルトが、心を開ける女性に出会えたのだから。
 リベルトの騎士として、これほど嬉しいことはないのだとローレンツは笑う。
「ただ、ちょっと癖の強い姫君ですけどね」
「ちょっとどころではないだろう」
 普通の姫は、王城から出て街の食堂で料理人なんてしない。そもそも、料理だってできないだろう。
 そう考えると、アリアはいろいろな意味で規格外だ。
 この話は終いだとでもいうように、リベルトはほかの話題をローレンツに振る。
「そういえば、貴族たちの動きはどうだ?」
「今は鈍いですね。息をひそめているのか、なんなのか。仕掛けるために、機会を伺っているのかもしれません」
 皇帝に即位して日の浅いリベルトの地位を、狙う貴族がいる。
 それはリベルトの即位に反対していた派閥で、いまだ対立している。相手はリベルトの亡き父である前皇帝の弟だ。
 リベルトからすれば叔父にあたるのだが、野心家ということもありその関係は良好ではない。
 リベルトの即位後も、皇帝の地位をあきらめていないのだ。
 対して、リベルトの派閥もある。
 その中心人物は、リベルトの亡き母親の姉だ。しかし病弱ということもあり、叔父のように勢いはない。
「このまま静かにしていてくれたらいいんだがな」
「早く決着をつけないと、アリア様を迎えにいけませんからね」
「…………」
 ローレンツの言葉を聞き、リベルトは何度目かのため息をつくのだった。

 ***
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