しあわせ食堂の異世界ご飯2
 入り口前の掃除を終わらせたアリアは、カランとベルの音を立ててしあわせ食堂へと入る。
 清潔な店内は、観葉植物が置いてあり落ち着く雰囲気だ。
 奥はカウンターが五席あり、入り口の横は通りに面した大きな窓がある。テーブル席は、ふたり掛けのものが二席と、四人掛けのものが三席用意されている。
 すぐに「お疲れ」と声をかけてくれたのは、カミルだ。開店まであと少しだから休憩しようと、アリアに水を差しだしてくれる。


 しあわせ食堂のひとり息子、カミル。
 とても元気で、外はねの癖っ毛は爽やかなオレンジ色で好感が持てる。お店では腰の位置で黒色のエプロンを付けて、給仕や下ごしらえをメインに担当している。
 唯一の男手ということもあり、毎日の仕入れもカミルの仕事だ。


「何かあったのか? 掃き掃除、けっこう時間がかかってただろ」
「大丈夫だよ。リントさんたちと門番さんが来てくれたから、お店の前で少し話し込んじゃったんだ」
「そっか」

 アリアの言葉を聞き、カミルはなるほどと納得する。

「店が始まると、忙しくて話をする暇もないもんな。アリアのおかげで、うちの店は毎日満員だからな」
「私だけじゃないよ。みんなが手伝ってくれてるから、お店が回ってるんだよ」
「サンキュ」

 しあわせ食堂は、元々カミルの両親が経営していた食堂だ。
 けれど、料理人だった父親が亡くなってからは調理のできる人がいなくなり、閑古鳥が鳴くしまつ。もうお店をたたまなければ駄目かもしれない……そう決意しようとしたときに現れたのが、アリアだった。
 アリアが料理を担当して以降は、カミルが告げたように満員御礼の毎日が続いて嬉しい悲鳴があがっている。

「ふたりとも、開店準備は終わったのかい?」
「はい。終わりましたよ、エマさん」

 裏口からお店に入って来たのは、洗濯を済ませたエマだ。


 しあわせ食堂の店主で、カミルの母親であるエマ。
 かっぷくのいい朗らかな女性で、丸眼鏡がトレードマークだ。
 しかし壊滅的に料理の腕前がないため、夫亡きあと、客足が途絶え店をたたむ決意をしていた。今はアリアを料理人として雇い、エマは皿洗いなどの雑用や給仕をメインに行っている。


 エマはちらりと窓の外を見て、「今日もお客さんがいっぱいいるねぇ」と嬉しそうに笑う。

「この調子だと、今日も夜の営業は無理そうだね」
「私が来てからは、夜営業なんて片手で数えるほどしかしてないですよ」
「それもそうだねぇ」

 昼で切り上げかなと言うエマに、アリアはくすりと笑う。
 食材などが残れば夜も営業するのだが、基本的に昼過ぎから夕方前に品切れになってしまうのでお店を閉めるのだ。なので、アリアが告げた通り夜営業はほとんどしていない。
 パン!とエマが手を叩いて、「さて」と咳払いをひとつ。

「シャルルちゃんを呼んで、開店にしようかね」
「あ、私が呼んできますね」
「お願いするよ」

 エマの言葉を聞いて、アリアが率先して動く。
 シャルルは開店準備のあと、毎日裏庭で鍛錬をしているのだ。

(仕事前に筋トレなんて、すごいなぁ)
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