しあわせ食堂の異世界ご飯2
6 皇帝とシェフの柚子鍋
 リントはしあわせ食堂で数日間過ごし、王城へと帰って行った。
 あまったハレル茸をお土産として渡したので、次に何かあったときは迅速な対応ができるだろう。

 朝から、しあわせ食堂の厨房にはカレーの美味しそうな香りがただよう。今日もカミルが一緒にアリアと作っているのだ。
 トントン、トンっと、音が一定になってきたカミルの包丁さばきは、かなり上達してきている。毎日大量の野菜を切っているからだろうけれど、めきめき腕が上がっているのは嬉しい。
「すごいなぁ、カミル」
「は? アリアの方がすごいだろ」
 何を言っているのだと、カミルがジト目でアリアを見る。
 実際、アリアとカミルの腕前は天と地ほどの差があるのだ。なので、カミルは褒められてもあまり嬉しくはないのだ。
 アリアはくすくす笑って、「そんなことないよ」と告げる。
「私、カミルみたいにこんな早く上達しなかったもん。この倍以上の野菜を切って、やっと今のカミルくらいになったから」
「え? アリアも料理が下手な時期があったのか?」
「当たり前だよ」
 いったい自分のことを何だと思っているのだと、アリアは頬を膨らませる。小さなころ(前世だけれど)から、必死に料理の腕を磨いてきたのだ。
 辛かったり、挫折しそうになったのだって一度や二度ではない。
 上手くできずに、癇癪を起したことだってある。今思えば、よく料理をやめなかったものだ。
 アリアのそんな思い出話を、カミルは楽しそうに聞く。
「俺が子供のころは、料理は親父がやってたからまったくだったなぁ」
「お父さん、料理が上手だったんだよね。前にエマさんが、最高の料理人だって言ってたもの」
「……つっても、しがない食堂の料理人だぞ?」
 カミルは笑いながら、最後の玉ねぎを切り終える。
 カレー用の大きな鍋を火にかけて、熱を持たせるために少し待つ。鍋から目を離さずに、カミルは「昔かぁ」と呟く。
「子供のころのアリアって、可愛かったんだろうなぁ」
 もっと早く会えたらよかったのに。
 そんな言葉が、カミルの口からもれる。
「え?」
「……え? あ、いや、そうじゃなくて……その、なんて言うか」
 思わず声に出てしまった言葉をアリアに聞かれて、カミルは慌てて首を振る。そんな告白めいた言葉を、ぽろりと言ってしまうなんて。
 なんて言って弁解しようか。カミルがそう思っていたが、アリアは苦笑する。
「ごめん、小さくて聞き取れなかったの。でも、私の名前を呼ばれたと思ったから」
「あ、そういうことか。ごめん、忘れてくれ。独り言だったんだ」
「そうなの?」
 真っ赤になった顔を両手で押さえるカミルは、恥ずかしがっているようだ。
(いったい何を言ったんだろう……もしかして、お腹が空いたとかかな?)
 ちょうど料理の話をしていたし、その可能性は高そうだとアリアは見当違いのことを考える。
 アワアワしているカミルは、なんだか珍しい。
 アリアはくすりと笑って、顔を赤くしたままのカミルの横で料理を続けるのだった。


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