水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
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 その日の終演後。他の団員たちと共に、観客の見送りに出た波音は、いたたまれない気持ちで列に並んでいた。

 通りすがりの幼い子どもに、「あ、綱渡りできなかった人!」と指をさされた。

 その母親がすかさず窘《たしな》め、波音に申し訳なさそうに会釈するので、波音も愛想笑いを浮かべながら「精進します」と言って頭を下げた。

(プロ集団の栄光に、傷をつけちゃったな……)

 起こったことは取り返しがつかない。もしも明日の公演まで失敗してしまったらと、波音は気弱になっていた。

「綱渡りのお嬢さん」
「……え?」

 次に声を掛けてきたのは、若い男性だった。栗色のふわふわした髪、碧と同じアクアマリンの瞳と、柔和で優しそうな表情が印象的だ。波音と同世代か、少し年上だろう。

 凛とした気品と高級スーツを纏う姿は、上流階級のそれを思わせた。

「今日が初舞台だったんですか?」
「はい、そうです。情けない場面をお目にかけてしまい、申し訳ありません」
「そんなことありませんよ。すごく大変な練習をされたんだろうなって、伝わってきました。これを、受け取っていただけませんか」

 彼が胸元から取り出して波音に差し出したのは、青い薔薇《ばら》を模《かたど》った髪飾り。

 大きさは手のひらにちょこんと乗るくらいだが、見るからに高価そうな宝石が散りばめられている。なぜそんなものが簡単に出てくるのかも分からないまま、波音は両手を振って拒否した。
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