水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
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 翌日は、朝から波音は落ち着かなかった。昨日の失敗に関しては、碧も特に触れることはせず、いつも通りに波音に接してくれる。

 今日の綱渡りに集中しなければならないのに、渚に言われたことが頭の中をぐるぐる回って、離れてくれそうにない。碧を過剰に意識するあまり、その端正な顔を直視できなくなっていた。

「深呼吸……深呼吸……」

 着替えとメイクを終えて、舞台袖に控える。あとは梯子を上って待機するだけだ。昨日の練習ではバランス棒がなくても成功できたので、今日は敢えて、何も持たずに挑戦する。

 今日も砂紋が見に来てくれるのか分からないが、もらった髪飾りをせっかくだからと耳の上につけた。もし砂紋がそれを見たら、波音の感謝の意に気付いてくれるだろう。

「波音」
「ひっ!」

 背後から突然肩を掴まれ、波音は悲鳴を上げた。

「色気のない悲鳴だな……。それよりもお前、昨日から俺のことを避けてるだろ?」
「いえ、そんなことは……」
「そんなことあるだろうが」

 碧を振り返り、その目を見ようと努めたが、どうしても先に逸らしてしまう。これでは説得力が無い。

「嘘が下手すぎる……って、お前。これ、どうした?」
「え?」

 碧が指さしたのは、砂紋にもらった髪飾りだ。高価そうなものだと、今の波音には浮いてしまうのかもしれない。

「昨日、もらったんです。その……」
「砂紋、か? 砂紋にもらったのか?」
「そうです、けど。どうして分かったんですか?」

 なぜ髪飾りを見ただけで、砂紋のものだと分かるのか。波音が目をぱちぱちさせていると、それ以上に碧は驚いていた。
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