水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「嘘だろ……? なんで、砂紋がお前に……」
「ど、どうしたんですか? 私がもらったらだめでしたか?」
「……今すぐ、外せ」
「えっ」

 波音が止めるよりも早く、碧はそれを取ってしまった。幸い髪型は崩れなかったが、波音には戸惑いしか生まれない。

「な、どうしてですか?」
「これは、皇族が求婚相手に贈る物だ。砂紋がそれを知らないわけがない。あいつ、何を考えてる……?」
「き、求婚!? そんな感じではありませんでしたけど」
「ほらな。外して正解だ。これは俺が預かっておく」

 『不可能を可能に』――その言葉に、波音は少なからず励まされていたのだが、それが無くなると、一気に不安が増幅する。波音が下唇を噛んでいると、碧は波音の顎を持ち上げた。

「大丈夫だ。失敗してもいい、ぐらいの気持ちでやってこい」
「……いいんですか? それだと、プロ意識の欠片もないじゃないですか」
「お前にはそれくらいがちょうど良いと言っているんだ。自分の成長を楽しめ」

 せっかく口紅も塗ったというのに、碧は人目を盗んで波音の唇にキスをした。

 触れていたのは二秒ほどだが、不思議なことに、成功しそうな気分になってくる。ピエロに変装するまえの碧の唇には、紅色が移っていた。

「……碧さん、それ取らないと、大変ですよ」
「分かってる。ほら、出番だ」

 碧に背中を押されると、不思議と勇気が湧いてくる。

「……はい!」

 波音は勢いよく返事をして梯子を登り、自分のステージへと飛び出していった。

< 109 / 131 >

この作品をシェア

pagetop