水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「紫が抜けた綱渡りを、新人の波音に担当させた件についても、好意的な感想が多かった。一部、『プロの人を出してほしい』という意見もあったが、大技を繰り出していた紫がどれほど高い技術を持っていたのか、それはちゃんと観客にも伝わっている」

 団員たちから歓声が上がった。呆然とする波音のところに、アンケート用紙の束を持った滉がやってくる。「読んでみろ」と手渡され、波音は一枚一枚、丁寧に捲りながら読んだ。

『綱渡りの新人さん、とてもよく頑張っていたのが伝わってきました。これからの成長が楽しみです』
『事故に遭われた団員さんが、また華やかな技を見せてくれることを切に願います。彼女の代わりはなかなかいないのですね。新人さん、頑張れ』
『プロの曲芸団を謳《うた》っているのに、新人を出すとはどういうことかと最初は思った。けれど、努力の跡が見えて、文句が言えなくなった』

 数枚読み進めただけでも、波音について、それだけのことが書かれていた。碧の思惑通りだ。波音は涙ぐむ。

(もっと、批判されるかと思ってた……)

 努力は必ず報われる、なんて、そんな甘いことは思っていない。だが、観客に想いが伝わってよかったと、充足感で満たされる。

 堪えきれなかった涙が一粒、頬を伝ってアンケート用紙に落ちていった。
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