水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 波音の中で、仮説が確信に変わりつつある。碧の態度は、明らかに軟化した。碧兄ちゃんを彷彿とさせる優しさを見せられると、波音の心はいつも揺れる。ひどくドキドキした。

「やっぱり……好き、なのかなぁ……」
「一人でお散歩ですか?」
「ふわぁっ!!」

 独り言の最中に背後から声を掛けられ、波音は変な叫び声を上げて振り返った。だが、その瞬間に砂に足を取られ、前のめりになる。

「危ない!」
「きゃっ……す、すみません。ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ。驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません」
「あ、砂紋さん?」
「ええ、そうです」

 転びそうになった波音を抱き留めたのは、砂紋だった。会うのは、髪飾りをプレゼントしてもらって以来だ。

 図らずも迷惑を掛けてしまったことを詫びながら、波音は砂紋から離れて頭を下げた。

「えっと……随分前になりますが、先日は髪飾りをありがとうございました。ちゃんとお礼も申し上げられずに……」
「そんなに堅くならなくていいですよ。気軽に話してください。僕の名前、お聞きになったんですね」
「はい。皇族の方だとは存じ上げず、その節は……」
「だから、普通で良いですよ。兄に話すみたいに接してもらえたら、嬉しいです」
「……はい」

 潮騒と混ざって、砂紋の楽しそうな笑い声が聞こえる。正真正銘の皇子の微笑みに、波音は緊張しながらも笑い返した。

「あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「姫野波音です」
「波音さん。素敵な響きですね」
「あ、ありがとうございます」

 お見合いで向き合うことになった男女のように、ぎこちなく初々しい空気が流れる。砂紋がなぜここにいるのかも、なぜ波音に構おうとするのかも分からない。

 ただ、なんとなくだが、そこに碧が絡んでいるのではないかと、波音は予想していた。
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