水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「あの、髪飾りのことなんですが……。碧さんが、『これは、皇族にとって大切なものだ』って」
「ああ。聞かれたんですね」
「……渡される相手を間違っておられませんか?」
「いいえ。あなたで間違いありません。図らずも一目惚れしたのは、人生で初めてでしたので。幾ばくか不自然だったのは、お許しいただきたい」
「ひ、一目惚れ……!?」

 波音が一歩後ずさると、砂紋は白い歯を見せながら笑った。波音だって、一目惚れをされたのは人生で初めてだ。

 相手をよく知らないうちに好きになってしまうなんてことが、実際にあるのだ。上手く理解ができず、波音は混乱した。

「え、えっ……ってことは」
「僕は、あなたを妃に迎えたいと考えています。前向きに考えていただけたら、嬉しいんですが」
「それは……えっと……」
「波音!」

 ざりざり、と砂を踏みしめる足音が聞こえたかと思いきや、碧が大声で名前を呼びながら走ってきた。

 さっきまで家のハンモックで寝ていたはずなのに、波音がここにいるとよく分かったものだ。

「碧さん? どうして、ここが?」
「兄さん……」
「砂紋、お前……何を考えてる?」

 碧は波音の傍に来るなり、砂紋から守るようにして抱き寄せた。人前でも、碧はこんなことができるのだ。波音の心臓が早鐘のように鳴る。

(また、これだ……)

 その触れ方が優しくて、碧兄ちゃんを思い起こさせる。砂紋は波音と碧を交互に見て、「そういうことですか」と溜め息をついた。

「ややこしいことは何も考えていませんよ。波音さんに一目惚れしたのは本当ですし、冗談でもありません。また出直します」
「……もう来るな」
「それは、聞き入れられないですね」

 案の定、兄弟仲はあまりよくなさそうだ。互いにいがみ合っているのが見てとれて、波音はおろおろと二人を見比べた。

 砂紋は波音に笑いかけて一礼すると、足跡のついた砂の上を、陸の方へと歩いて行く。
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