水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「返事はしばらく考えてからでも……」
「はい」
「え?」
「私……結婚、したいです。碧さんと」

 感極まって、波音の声が震える。碧もすぐに返事がもらえるとは思っていなかったらしく、しばし硬直した後に我に返り、波音をぎゅっと抱きしめた。波音も力を込めて抱きしめ返す。

「今日の公演が終わったら、ちゃんとお話しましょうね?」
「……ああ」
「それ、私の髪につけてください。水に入るので、外れないようにしっかり」
「……ああ」
「ふふ。さっきから、『ああ』しか言ってませんよ」
「分かってる。からかうな……」

 碧の手が波音の頬と髪に触れ、髪飾りを左耳の上に固定した。そのまま顔を持ち上げられ、軽く触れるだけのキスをする。

 今までは疑問ともやもやが残ったそれも、恋人同士になった今は、ときめくだけだ。

「もうちょっと、キスしたいです……」
「アホか。煽るな」
「いたっ」

 名残惜しさのあまり、波音が勇気を出してねだったというのに、碧は照れてしまい受け入れてくれなかった。そのうえで額を指で弾くのだから、意地悪なのは変わりない。

 開演一分前の着席を促すアナウンスが流れ、波音は慌てて気持ちを入れ替えた。

「緊張はするだろうが、最初から完成形なんて意識しなくていい。思いっきり楽しんでこい」
「はい! 見ていてくださいね!」
「ああ」

 波音は高台に登り、反対側に待機している美海と宇海に、身振り手振りで「頑張りましょう」というサインを送った。二人からも同じようなサインが帰ってきて、波音は笑顔で頷く。

 碧にもらった髪飾りに触れ、心臓の高鳴りを感じながら開演を待つ。
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