水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「――大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、開演いたします」

 アナウンスの後、観客たちの拍手とともに、ステージ中央に巨大水槽が現れる。優雅な音楽が流れ始め、リズムをとって、波音たちは次々と水槽へと飛び込んだ。

 水の中は、外の音がほとんど聞こえない。飛び込む前のリズムを把握したまま、動くしかないのだ。

(ワン、ツー、スリー、フォー……)

 だが、それは何千回と練習したお陰で、波音たちの息はぴったりだった。

 地上ほど簡単には動けない水の中で、一定の場所に留まりながら踊るのには、とてつもない体力と肺活量が要る。特に、美海と宇海は水中で自由に動く訓練から始め、先日やっとその水準に達したのだ。

(碧さん見てて。私、楽しむから!)

 人魚のように軽やかに旋回し、互いを押し上げて水上をジャンプする。双子のシンクロした動きに負けじと、波音も指先からつま先まで、その動く早さも角度も全て練習通りに揃えていく。

 中盤は、水槽の中を踊りながら移動し、外側を向いて全ての観客に見えるようにダンスを披露する。

 水で屈折した景色の向こうで、観客が曲に合わせて手を叩いているのが分かり、波音はにっこりした。楽しくてたまらない。

 最後に、三人で手を取り合ってポーズを決め、曲が終わるまでの約四分間を波音たちは踊りきった。

 歓声が巻き起こっているのが、水槽の中まで振動で伝わってくる。波音たちが水面へと顔を出すと、「わー!」という声と拍手が耳をつんざいた。

 観客の前だというのにも関わらず、三人は互いを抱きしめて、成功を喜び合う。

「やったー! 成功ですよ!」
「楽しかった!」
「すごい! 鳥肌立ってる!」

 照明が落とされ、水槽がリフトによって下降していく。それでもずっと、会場の拍手は鳴り止まなかった。
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