水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「ちっ……。探知機能でもついているんですかね……」

 砂紋が冷ややかな目で碧を振り返り、舌打ちをした。今までとは全くの別人だ。あの笑顔は嘘だったのかと、波音は戦慄《せんりつ》した。

「砂紋、もう来るなって言っただろう」
「そんなふざけた格好で言われても、説得力がありませんよ」

 客の見送り途中だった碧と滉は、波音と同じく衣装を着たままだ。当然、碧はピエロの姿。

 幸せのピエロと呼ばれ、皆から慕われている彼を『ふざけた格好』と罵るとは。今度は驚きを通り越して、波音は怒りに震えた。

 碧が波音を背中に庇うように前に出て、滉は波音の隣に立った。「万が一、お前に何かあったら、団長に知らせるようにと以前から言われていた」と、滉が小声で事情を説明してくれた。

 彼らでずっと、波音を見守ってくれていたのだ。

「兄さん。父上から、兄さんに伝言を預かってきています」
「伝言?」
「『十年間、自由にさせたのだから、そろそろ皇室に戻ってきなさい』、だそうですよ」
「昔から何度も言ってるが、俺は皇位を継承するつもりは……」
「いつまで勝手を言うつもりですか? 父上と血も繋がってない、単なる記憶喪失の浮浪人のくせに!」

 だんっと大きな音を立てて、砂紋は怒りに任せたままテーブルを叩いた。兄弟の確執、しかも皇族のこととなると、波音にはどうすることもできない。
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