水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「はい。波音さんは、兄さんが諦めるなら、あわよくば本当に僕の妃に迎えようと思っていたんですけどね。先日も言いましたが、一目惚れは冗談ではありませんでしたし」
「……え。そうだったんですか?」
「蜜月のような関係を見せつけられたら、身を引くしかありません。兄さんが心底羨ましいです」

 全て、碧の真意を引き出すための演技だったはずなのに、波音に近付く際、本当に惚れてしまったのだと、砂紋は言った。

 波音は気恥ずかしいような、嬉しいような、一言では言い表せない気持ちになる。

「では、皇位継承は僕のままということで、父上には話します。それと、波音さん。大変申し訳ないのですが、後日髪飾りを返していただけますか?」
「あ、わ……分かりました」
「兄さん、今度は記憶以外の大切なものまでなくさないように、せいぜい頑張ってくださいね」
「……ああ、分かった。ありがとう」

 砂紋は恭しくお辞儀をして、建物の外へと消えていった。テレビの中の人気俳優になれるのではと思うほど、彼は演技が上手だ。

 まんまと騙されていた波音たちは、もう一度顔を見合わせて笑った。

 あの朴念仁《ぼくねんじん》の滉までもが笑うくらいなのだから、夢のようだった。
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