水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
 渚は最後まで言うのが恥ずかしかったようで、どんどん声が萎《しぼ》んでいった。アメシスト色の瞳が左右に揺れている。

 見た目は立派な成人男性なのに、そういう可愛らしい部分も見ていると、不思議と波音の心も和んだ。

「よろしくお願いします、渚さん」
「……分かったわ。ただし、私と碧の恋路を邪魔するのだけは、だめだからね!」
「それは肝に銘じておきます」

 波音は笑い出した。突然知らないところに迷い込んでしまったのに、親切な人たちに出会えたのは、幸運だ。

 渚が手を前に差し出したので、波音もゆっくりとそれを手に取り、力なく握手した。

「碧を呼んでくるわ。ベッドで横になってなさい」
「はい。お借りします」

 水着姿のままで歩き回らない方がいいと、渚が予備のシャツを一枚借してくれた。波音はそれを水着の上から被り、ベッドに移動して、横になる。

 数十分後、渚が碧を連れて医務室へとやってきた。波音は、今度こそ自力で起き上がる。

「話は渚から聞いた。お前やっぱり、別世界から来たのか」
「そう、みたいです」

 碧はベッドの端に腰掛けて足組をし、顔だけを波音の方に向けた。

 波音を助ける際に濡れた服を着替えてきたようで、黒のタンクトップとカーキ色のズボンの組み合わせになっている。練習着にしているのか、動きやすそうだ。
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