水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「なんだ、その顔」
「どうして、助けてくれるのかなって思いまして……これも、恩を売るためですか?」
「放っておけないから、じゃだめなのか? 言っておくが、昨夜のことは謝ったから、償いはしない」

 そうは言うものの、決まりが悪いのか、碧はふいっと視線を逸らした。さらさらな黒髪の間から見える耳は、少し赤くなっている。反省はちゃんとしているようだ。

(許しちゃっていいのかな……)

 過ぎてしまったことは取り返せない。このまま、昨夜の件で碧と揉めていても、不毛なだけだ。迷いこそあったが、波音は彼を許すことにした。

「分かりました。ありがとうございます」
「……お前」

 碧の腕に支えてもらえるように、波音は自ら寄り添った。今度は碧が目を見開く番だったが、すぐに頬を緩めて波音の腰を支えてくれる。

 碧は、傍目《はため》には無愛想に映るが、案外表情豊かなのだ。その微笑みに、トクン、と波音の胸が鳴る。

 無事に階段を降りきって、一階のダイニングキッチンに行き着いた。碧は椅子を引いて波音を座らせ、テーブルを挟んで向かい側に座る。

 目の前には、焼きたてのロールパンとスープ、サラダ、ベーコンエッグなどが並んでいた。

 色の鮮やかさと美味しそうな匂いに食欲がそそられ、波音の胃がぐうーっと鳴る。それは碧にもしっかり聞こえていたようで、彼は波音をからかうように、にやりと笑った。
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