水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~
「お、碧じゃないかい。おはよう!」
「おはよう、おばさん」
「今日も仕事?」
「ああ。その前に、ちょっと野暮用だ」

 碧が波音を指差すと、野菜を手にしていた女性の店主が、波音を見て意味深長な笑みを浮かべた。

 波音は両手を左右に振って、そういう関係ではないことを主張したが、誤解が解けたかどうかは分からない。それほど親密な仲に見えるのだろうか。

「碧さんって、有名人なんですね」

 市場の通りを抜け終えるところで、波音は碧にそう聞いた。碧は困ったように笑う。でも少し鼻が高いのか、どこか嬉しそうだ。

「これでも、曲芸団の花形だからな。それに、特別待遇で皇族にもしてもらっているんだ。俺を知らない人間の方が少ないだろう」
「そっか、それもそうですね。碧さんは、どういう演目の担当なんですか?」
「道化師。クラウンじゃなくて、ピエロの方だ」
「……ピエロとクラウンって、どう違うんですか?」
「お前、そんなことも知らないのか?」

 サーカスの花形、といえば、波音の想像ではもっとアクロバティックなものだった。空中ブランコだったり、トランポリン芸だったり、火を噴いたり、猛獣使いだったり。

 そういうものを思い浮かべていたのだが、碧の担当はピエロなのだという。クラウンとの違いを知らず、呆れられてしまったが。

 碧によると、顔のメイクに涙の印しが描かれるのがピエロで、そうではないのがクラウン。

 どちらもおどけた演技をして観客を和ませるのだが、ピエロは本来、『笑いものにされて悲しい』という感情が込められているのだそうだ。
< 51 / 131 >

この作品をシェア

pagetop