Project Novel
●海の演奏会
……………
涙の味がしょっぱいのは、ずっと海のせいだと思ってた。
…「ねぇ、もう帰ろうよ」
防波堤の上、石灰で落書きをしながらあたしに呟く。
あたしは涙でぐちゃぐちゃの顔を膝に埋めたまま、頭を振った。
「僕も一緒に謝るから」
「いや!絶対帰らない!」
「でももう暗くなるよ。ほら、海がうねってる」
「一人で帰ればいいじゃん」
意地っ張りなあたしは、どうしても家に帰れなかった。
別にお母さんに怒られた日だけじゃない。
例えばテストが凄く悪かったり、例えば友達と大喧嘩したり、例えばマラソン大会で一位を逃してしまったり。
悲しい時、寂しい時、辛いとき。
あたしはいつもここで泣いた。
隣にはいつも、あいつがいた。
「しょうがないなぁ…」
はぁっとため息をついて、あいつは手に持った石灰をテトラポットの中に投げる。
海が呼応する様に波をたてた。
すっと息を吸い込んで、何だかわからない歌を歌い出す。
日本語じゃないってことしかわからなかった。
音程がとれてるのかすら、はっきり言って微妙。
でもそのわからない歌は、波の音と同じ様に、風の音と同じ様に、あたしの耳に心地よく届く。