クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「定年まで働くつもりなのよ。次期社長に悪い噂をたてたくはないわ」

横手さんが眉尻を下げ、悲しい顔をした。可愛らしい子だから、表情の変化は悲痛に見える。

「悪い噂なんか、たちませんよ。阿木さんの中にある気持ち、それだけなんですか?」

なんだかこれ以上話していると、余計なことまで喋ってしまいそうだ。そして、無邪気な彼女の手にかかれば、『余計なこと』はすぐに千石くん本人に伝わってしまうだろう。

「これから、外出なの。横手さん、またね」

ちょっと強引に話を切り上げ、片手をあげて私はその場を後にした。


オフィスに戻ると千石くんは準備万端といった様子だ。

「真純さん、帰り道は雨がひどそうです。自宅から車を取ってきますので、打ち合わせは車で行きましょうか」

曇り出した空を眺めながら提案してくる。私は肩をすくめて答える。

「車は渋滞もあるし時間が読めないからいいわ。それに、豪雨で帰り道の高速が通行止になるかもしれない」
「わかりました。レインコートは用意してありますので」

相変わらず準備のいい千石くん。
正直に言えば、車の方が天候的な安心感はある。でもそれは私個人の我儘になってしまうし、彼の私物の車で仕事に向かうのは嫌だった。
密室にふたりきり……自意識過剰かしら。

頑丈な傘とレインコートを持って私たちが出発した頃、まだ雨は降り出していなかった。
幕張に到着する頃には空は真っ暗。嫌な予感を感じながら、会場へ入る。
ミーティングは他企業も参加で15時からだ。内容はイベントの諸注意程度のもので、これなら営業部隊が出向かなくてもいいというのはよくわかった。
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