クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
「自分の心を疑ったりしません。問題があるとしたら、真純さんが俺の心を信じていないことですかね」

信じていないわけじゃない。でも錯覚だとは思っている。
あの日の東京タワーがなければ、千石くんは私なんかに興味を持ったりしないはずだ。上司と部下というのが最初の認識だったら、こんなことになっていない。

「寒いですか?」

千石くんが優しい声音で尋ねてくる。ここで寒いと言ったらまた抱き締めてくるのかしら。それは困るけど、強がるのも変だし警戒しすぎな気がする。

「まあね。もう冬だもの」
「こっちに来ますか?」
「いきません」

紳士的なお誘いだったので、こちらもジェントリーに返す。千石くんがくつくつと笑った。

「もう少し隙を見せてくださいよ」
「ほいほい隙を見せる年齢じゃないのよ」

そっけなく返すと、静かな声で千石くんが言う。

「真純さんは、そうして大人ぶるけれど30歳って社会的にはまだお嬢さんの年齢ですよ。俺は若造」

言われてみればそうだとは思う。周りと比べて、30歳の私は年長であり経験豊富に感じられるけれど、社会全体としてはまだ30年しか生きていないのだ。

「アラサーとか、30歳の大台とか、日本人は自分にカバーを被せたがる。そしてそのカバーにふさわしくあろうとする。だけど、年長者たちは若者を経験値の少ない若輩として扱うから齟齬が生まれる。俺もあなたももっと自由でいいんです」
「恋愛と仕事をごちゃごちゃにしないで」
「一緒です。年上、上司、あなたはカバーをかけることで俺を隔てている。俺はそんなあなたの仮面をはぎとりたい。もっとよく見たいし、見てほしい」

千石くんの右手が伸びた。
私の耳にかかる細い髪束に触れ、梳く。それだけで、髪の毛一本一本に神経があるかのように感じられた。
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