クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
ありがたかったし、御礼が言いたかった。
翌週の同じ時間、東京タワーに行ってみようかとも思った。彼は言った。縁があったら、と。私が行けば、縁は発生するかもしれなかった。
でも、私はそこまで行動できなかった。
心は完全回復していないし、もし彼に会いに行けばあらがいきれない勢いで新しい恋は始まるだろう。まだ、そんな自分になれない。
そんなに簡単に切り替えられるほど、頭の柔らかさも若さもないよ。
さらに私の中であの一瞬を神聖視する気持ちがあったのも確かだ。
綺麗な夕暮れのひととき、彼のフリーハグは魔法みたいに私を楽にしてくれた。あれはリアルとは隔絶した場所の出来事。
会ってしまえばそれらが現実と地続きのことになってしまう。魔法が解けるのは嫌だった。切り取られた完ぺきな世界を壊したくない。勝手な言い分だとは思うけれど。
三十代になり、色々と変わってきた。見えるものが増えた分、心は疲れを感じやすい。
鈍感になれた部分もあれば、若い頃より響いて感じるものもある。ふとよぎる不安や寂しさが、そんなものの正体なのかもしれない。
あの日私は疲れ切っていた。うっかりすると、仕事もやめて、周囲とのつながりを切ってしまいかねない崖っぷちにいた。そこに彼の笑顔が、温度が、魔法をかけた。
魔法は魔法のままでいい。私は今まで通り、このわけのわからない不安に立ち向かって生きて行かなければならないのだから。
はあ、女三十歳、前は向いてても心身ともに回復力は衰え始めてるのよね。
「真純先輩、イカが衣から脱走してます~」
山根さんに言われ、私はぼうっとしていたことに気づいた。
お箸の間のイカフライは衣だけ残して、白いイカの身が皿のキャベツに転落していた。
翌週の同じ時間、東京タワーに行ってみようかとも思った。彼は言った。縁があったら、と。私が行けば、縁は発生するかもしれなかった。
でも、私はそこまで行動できなかった。
心は完全回復していないし、もし彼に会いに行けばあらがいきれない勢いで新しい恋は始まるだろう。まだ、そんな自分になれない。
そんなに簡単に切り替えられるほど、頭の柔らかさも若さもないよ。
さらに私の中であの一瞬を神聖視する気持ちがあったのも確かだ。
綺麗な夕暮れのひととき、彼のフリーハグは魔法みたいに私を楽にしてくれた。あれはリアルとは隔絶した場所の出来事。
会ってしまえばそれらが現実と地続きのことになってしまう。魔法が解けるのは嫌だった。切り取られた完ぺきな世界を壊したくない。勝手な言い分だとは思うけれど。
三十代になり、色々と変わってきた。見えるものが増えた分、心は疲れを感じやすい。
鈍感になれた部分もあれば、若い頃より響いて感じるものもある。ふとよぎる不安や寂しさが、そんなものの正体なのかもしれない。
あの日私は疲れ切っていた。うっかりすると、仕事もやめて、周囲とのつながりを切ってしまいかねない崖っぷちにいた。そこに彼の笑顔が、温度が、魔法をかけた。
魔法は魔法のままでいい。私は今まで通り、このわけのわからない不安に立ち向かって生きて行かなければならないのだから。
はあ、女三十歳、前は向いてても心身ともに回復力は衰え始めてるのよね。
「真純先輩、イカが衣から脱走してます~」
山根さんに言われ、私はぼうっとしていたことに気づいた。
お箸の間のイカフライは衣だけ残して、白いイカの身が皿のキャベツに転落していた。